MXバイクが4ストになったおかげで、
ダートトラッカーもX<究極>に向かってる。
●写真と文=中尾省吾<www.nakaoshogo.com/ Check your smile in my BLOG !>
主催者が競馬場を借りて、バイクを作りあげた発明家たちや、そのヒトをサポートする投資家やパトロンや、そのスポンサーたちに負けたくない名士と呼ばれるリッチマンたちが、自ら鼻の穴おっぴろげてぶつけ合ったり、或いは競馬や競輪やサーカスの選手を雇って走らせたんだと思います。
今でこそ、競馬業界のほーが全然リッチだけども、100年前と言ったらバイク1台の値段てのはおそらく競馬場ヒトツ買うのより高かったと思われますからね、そーとーハイソでセレブでギンギンでインギンだったことでしょう。
それが今や私でさえ、中古ですけど持ってるんですから良い時代に生まれましたけどもね、1950年代までのバイクとゆーのは馬のよーに大きくて重たい物だったから、限られたヒトにしか乗れなかったのみたいでね、1960年代になってからスペインやイタリアやニッポンが小さくて安くて高性能なバイクをじやんじやん作りましてね、モトクロスとゆークロスカントリー競技が始まって、各種バイクのスポーツに子供から参加出来るようになりました。
かけっこの100メートルやマラソンのタイムが次第に上がっていったり、プロレスでコブラツイストや4の字固めでは「参った」しなくなったのと同じように、バイクのスポーツも進化してまして、長い間ブレーキ無しだった全米ダートトラック選手権でも、1970年からはリヤだけブレーキが取り付けられました。
上手く掛けると物凄く減速出来ますからね、こっそり付けてたヒトもいたでしょうけどね、ほとんどの場合後続に追突されたことでしょう。
つまり掛けるかもしれないと思うだけで、後続は本来のブレーキ開始地点より早目に減速しなきゃならないからね、他のバイクレースやクルマのレースが大勢の競り合いになりにくいのは、前輪ブレーキの副産物。
勿論NASCARオーバルレースのクルマにも前輪ブレーキ付いてるでしょうけども、バンクの付いた大きなオーバルなら通常ガツンと掛けることがないからね、あの種目は毎度ヒトカタマリのレースが繰り広げられてますねえ。
てゆーかルールそのものがヒトカタマリに基づいてるし、クルマの作りもぶつかることを前提としてますからねえ。
Anyway、ダートトラックのレースでも、小さなオーバルより大きなオーバルのほーが接戦になりやすく、しかも接戦が長く続きます。
それはつまり、松の木の回りをナンセンス漫画みたいにぐるぐる逃げてるヒトを追い抜くのは大変だけど、まっすぐ走ってるヒトなら脚力さえあれば簡単に追い越せるのと同じです。
それならすぐに決着が付いちゃうじやんと思うでしょうけども、全米選手権に出るライダーとゆーのは何万人もの分母のうちの数十人で、しかも決勝戦に走ってる選手とゆーのは、毎戦50人から100人の参加者のうちの16人や18人ですかんね、ほとんど実力に差がなくて、つまり25周競っても何秒かしか違わないぐらい伯仲してますから大きな差にはならず、またすぐに追い付いてきます。
長いストレートがあれば時速200キロを超えますからスリップストリーム、ドラフティングが効いて激しく順位が入れ替わります。
決勝18人のグリッドを目指して、開幕戦のデイトナには毎年100人のプロライダーが集まる。
少し前まではショートトラックとTTの上限は600ccのシングルで、オフで最強と言われた2ストローク単気筒500ccのモトクロス用エンジンもOKだったのだけど、主流にはならなかったからダートトラックはミステリアス。
長い間主流だったのはオーストリアのROTAX→ロータックスの空冷単気筒で、ハーレーのワークスチームでさえこのロングストロークのエンジンを使ってた。
どこがハーレーなんやと思っていたけども、80年代のアメリカの軍用バイクにこのエンジンを積んだハーレーがあって、ハーレーワークスが年間チャンピオンを捕るためにこのエンジンを使い始めて、しかもハーレー本社からのコンテンジェンシー、入賞者への賞金のシステムがあったために、プライベーティアたちもロータックスエンジンを使って、ガソリンタンクには賞金獲得の条件でハーレーダビットソンのディキャールを貼っていたんです。
革命が起きたのは2001年5月28日のイリノイ州スプリングフィールドのTT戦。
この仮設トラックが400mサイズのタイトでチョコマカなTT戦だったこともあって、発売されて間もないヤマハYZ426Fが、その頃TTでは無敵だったクリス・カーの600ccトラッカーをやっつけてしまった。
ライダーは、既にダートからロードに転向していたトミー・ヘイデンで、ヤマハの契約ライダーだったからヤマハの4ストロークのMXバイクを改造して参加してきたの。
その勝利があってTTやショートトラックに4ストMXバイクの参加者が増えていって、AMAはすぐさま、2002年からの排気量を505ccに変更。
この数値ならロータックスのユーザーも低いコストで適応することが可能で、バイクごと買い替えなくても済んだのだけども、その505ccの元年に、アメリカホンダのスーパーバイクに乗っていたニッキー・ヘイデンが、そうそうトミーの弟が、CRF450でいくつかのレースに参加して、2つのTTと2つのショートトラック、合わせて4つも勝ってしまって、そうなると今度はホンダを始めとした日本のメイカーたちが「この種目は商売になる」と考えてくれたみたいで、有力ライダーへのサポートや、参加者全体へのユーザー賞金制度を始めて、プロクラスのみならず、アマチュアたちもMXバイクを改造したダートトラッカー、DTXに乗るようになった。
私はそこがとても残念なんだけども、参加者にしてみたら経費削減できて有難いルール変更だったらしい。
つまりTTはともかく、ショートトラックではシナリのあるトラッカーフレームが有利だったから、勝つためにはその組み合わせ→コンボーが必要だったのだけどね、日本のメイカーはエンジンだけでは販売してなかったからバイクの製作費がかさばっていたのだ。
そして日本のメイカーにしても、トラッカースタイルで走られても自分とこの商品販売につながらんってとこもあったんだろけども、アメリカの奇才たちはモトクロスフレームの先っちょを切って貼ってフロントフォークの角度を寝かせて直進性を高めたりして、そーするとストックフレームと2台用意しなきゃなんないからまたまた金持ちチームに有利だったりして、そんな改造も、ビッグバルブの使用も禁止されて今日に至っている。
だから、物理的には450ccのモトクロスバイクに、前後19インチのウィールとダートトラックタイヤを付けて、前輪ブレーキを外したらダートトラッカーの出来上がり。
しかしそれではサスペンションが長すぎて柔らかくて、ビヨンビヨンボルグボルグしてしまうから、サスペンションのバネを切ったり硬いスプリングに変えたりして、前後とも15センチもシャコタンにして、ダンパーもギンギンに効かせてロードレーサーの足回りになっている。
それからモトクロス用のエンジンでは、吹け上がりが良すぎてぐるーんと大きく回りずらいから、クランクシャフトやフライウィールを重くしたり、フラットな特性を求めて容量の大きなマフラーを付けたり、ダートトラックならではの味付けをしてる。
つまり160センチの私にも足が届いて、ヘタッピな私にも簡単に乗れるトッツァンバイクみたいなレーサーなんだけどね、そう書くと安っぽく思われるだろうから補足しますけんど、私はダートトラックの味方ですけんね、ナチュラルタレントのカタマリ、あのトラビス・パストラーナが何年か前にデイトナのショートトラック戦に、スズキワークスのDTXを借りて参戦したけども、タイムトライアルで落っこちて予選のヒートレースにさえ進めませんでしたのよ。
もちろん私はトラビスの味方でもあるけども、モノサシに使ってゴメンなさい。










