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オフワンスペシャルインタビュー Vol.6(前編)


ファントム、スケート、波乗り......
10代でしみ込んだ"カッコいいアメリカ"

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サイン・ペイントとは筆で文字を描くことで、発祥はアメリカ。看板やショウボードにカッコイイ文字を描く筆師のことをサイン・ペインターと呼ぶ。古くから商店の看板、配送用トラックの荷台などに屋号や名前を描く職業がアメリカには伝統的にあった。
バイクを含むモータースポーツシーンでも、アメリカ国内のレース用バイクやトランスポーターには古くから流麗な筆文字が描かれていた。
鈴木貞好さんはアメリカ生まれの"サイン・ペイント"を日本人としてはじめて体得し、今も実践している第一人者だ。本人は「たいそうなもんじゃねぇよ。アメリカかぶれの看板屋だよ」と謙遜するが、アメリカ人のサイン・ペインターから直々に教えを受けた職人は少ない。そして彼がプロのサイン・ペインターになるキッカケはバイクだけでなく、少年時代に熱中したスケートボードやサーフィン、そしてその時代を過ごした場所にも関係がある。


子供の頃はどんなことをして遊んでましたか。
「小学生時代は家が日野にあったんだけど、その頃アメリカはベトナムで戦争やっていたこともあって米軍機が横田や厚木を拠点によく飛んでいたんだよ。ファントムとか二機編隊で旋回する場面とか見ては"スゲェ"なんて喜んでいた。その勢いでプラモ作りにハマって、いろいろ作ったよ。はじめて塗装も経験したしね」

それで高校生のときにバイクに乗るようになるんですね。
「うん。バイクは高校生のときだけど、その前にスケートボードとサーフィンの時代があるんだ。中学生時代に友達と見ていたファッション誌の影響で"スケボーのファッションがカッコ良い"と思うようになったのね。それで調べてみたら上手いヤツが代々木公園に集まってるということを知って、実際に行ってみたら本当にレベル高くて、これまた"スゲェ"って感動したんだ。そうなると自分でも技とかキメたくなって、当時の地元は中野だったんだけど、家の近所で毎日練習したよ。そうなると上手くもなるし、代々木公園でやってる連中と少しずつ仲間にもなるし、スケートボードを介していろいろな知り合いができたんだ。当時は雑誌POPEYEが創刊されて"アメリカ西海岸"特集とか組まれて話題になっていたこともあって、スケートの仲間で『西海岸の何がカッコ良いか』なんて話をよくしてた。上手いヤツが集まってたから"西海岸スポーツのひとつ、スケボー。国内で熱いのは代々木公園に集うストリート・キッズ"みたいな感じにPOPEYEに載ったこともあったよ」

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サーフィンはその後ですか。
「そう。サーフィンもファッション先行ではじめたんだ。西海岸スポーツのひとつだし、スケートと同じでボードに入ってるレタリングとか『アメリカっぽくてカッコイイ』と思っていたからね。先輩が千葉のマイナーなスポットを教えてくれて、せっせと通ったよ。でもね、ある程度まで上手くなると地元のサーファーには絶対かなわないという現実もわかってしまうわけ。それで少しずつ行かなくなって、バイクに乗るようになったんだ。思い返してみるとね、スケートやサーフィンの"アメリカっぽいカッコ良さ"に心奪われる子供だったのよ。ていうか、オレってアメリカかぶれな上に遊んでばかりいた子供ってコトか......(笑)」

するとバイクに熱中したキッカケも"アメリカっぽいカッコ良さ"ですか。
「うん。当時はライダースクラブ誌とかは世界グランプリや全日本選手権に加えてAMAグランドナショナルの写真付きレポートも載っていたんだ。それもロードレースだけじゃなくてダートトラックも同じ大きさで扱ってたからね。オレなんか洗練されたGPより手描き風ゼッケンをつけたグランドナショナルに注目してたし、ジェイ・スプリングスティーンがXR750で横向いて走ってる写真とか最高でさ。毎号夢中で見たよ。それから、かなり後で気がつくんだけど、戦闘機にしてもレース用バイクにしても目的が絞られているモノが持つ緊張感ってあるじゃない。ソレが好きなんだよ。乗る側の緊張感はスケボーやサーフィンにもあるけど、機械としての存在感は戦闘機やバイクがダントツに上だもんね。バイクに熱中した背景にはそんな気持ちの動きがあると思うんだ。今は自分の走りのリズムに合うのは4ストロークエンジンだけど、若いときはパンチがあって緊張感を強いられる2ストロークエンジンに乗ることが楽しかったよ」

最初のバイクは何ですか。
「モンキー。買って3日目には違う色に塗り替えた。はじめてバイクに塗装したのが買ったばかりのモンキー。プラモデルの塗装と同じノリでペイントしたら、予想以上に上手くいった。缶スプレー買ってきてマスキングして、大きさ以外は同じことするワケだから抵抗なくやれた。しばらくしてホンダの400FOURに乗るんだけど、峠とかセッセと通ったよ。"7UP"の缶をオイルキャッチタンクにしてAMAスーパーバイクを気取ってたんだ。当時サイクルワールド誌だと思うけど、AMAに参戦してるヨシムラのバイクが載っていて、そのCBのキャッチタンクが"7UP"の缶だったわけ。それをマネしてひとりで喜んだりしてた」

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雑誌の影響が大きかったんですね。
「当時は情報といえば雑誌しかなかったからね。バイク雑誌だけじゃ足りなくて洋書とかも買いに行ったよ。土の上を走ってる車やバイクがカッコイイと思ったのも洋書に載っていた写真がキッカケ。FOXやDCのロゴや、バイクに描かれたレタリングが頭から離れなくてさ。その後、就職してトレーラー運転手として働きはじめるんだけど、休日の趣味としてモトクロスをやってたんだ。その写真の印象が強くて、選手権にチャレンジするほど入れ込んでたなぁ。関東選手権なんて、ほとんど予選通らなかったけどね(笑)。大人になってくると"アメリカかぶれ"の内容にも深みがでてきて、流行ではなく昔から"変わらないアメリカ"的なモノにカッコ良さを感じるようになったんだ」

待ってくださいよ。就職したって......筆で文字を描く修行とかしてなかったんですか。
「自己流で練習とかはしてたけど、その頃はアメリカ的なサイン・ペインターなんていないし、どうやったらなれるかわからなかったからね。それにアメリカと違って人々にとってサイン・ペイントが"?"なものだったから、とても食っていけるとは思えなかった。結局、どうしてもやらずにはいられなくなって、プロとしてやっていこうと決めたのは30歳のときだったんだ」 〈以下、後半に続く〉

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現在、ペティ鈴木さんが持っているバイクは写真のXL230、'79年型CR250フレームにXR200エンジンを載せたもの(ビンテージMX用)、XR250(ME06)、'76年型RM125、'79年型XR80、モトクロッサー仕様のモンキー、そしてベスパビンテージ50の7台。ただし実動車はXL230とXR80の2台だけ。すべて安く手に入れたが、安く気軽に買えるため気がついたら台数が増えすぎていたらしい(......)。動いていないバイクは整備やカスタム、ペイント中の状態だ。

 

20080930_4249 Petty Painter's PARADISE
東京都武蔵村山市三ツ藤3-14-5
TEL 0425-60-5531

近々、HP開設予定

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