今年の全日本モトクロスは、IBが面白い。ヨーロッパのEMX150で活躍した岸桐我がランキングトップを走り、アメリカに2年住み込みで修業してきた瀬川開生が出力に劣るYZ125で追いすがる。かと思えば、3階級特進でIBデビューした川上龍司もYZ125で調子が良いし、先日のSUGOでは西條悠人がデビュー戦をヒート優勝で飾っている。

2年にわたるカリフォルニアでの活動

瀬川は、2002年までプライベーターの星としてIAを走っていた瀬川巧平の息子だ。

父・巧平は、まさに開生が生まれるタイミングで現役を引退。92年ジャパンスーパークロスキッズ80ccクラス優勝、95年全日本国際B級ランキング3位、00年に北海道和寒の全日本国際A級125クラスで3位と輝かしい成績を残している。

画像: ロレッタリンにて

ロレッタリンにて

モトクロスどっぷりの生活を父親から引き継ぎ、いつしか開生少年はアメリカのトップで活躍できるライダーになりたいと思うようになった。カリフォルニアで2016〜17年の2年間活動してきて、その間かのロレッタリンにも出場。

ロレッタリン=全米アマチュアモトクロス選手権。テネシーにあるロレッタリン・ランチに全米からアマチュアが集まる。1週間レースが組まれていて、地方予選を勝ち残る必要があり、出るだけでも難関。AMAのトッププロは、このロレッタリンで青田刈りされていくのだ

2017年のロレッタリンでは、125ccB/Cクラスで23位、スクールボーイ1B/Cで21位。スタートが出れたヒートでは9位に入っている。父曰く「トップ5は、狙える位置ですね。3位は難しいかな…。16歳までの子供達が出れるクラスで、開生が一番年下だと思う。身長があるほうなので、本当はミニに出たいんですが、バイクが合わないんですよ」と。このクラスも、KTMやハスクバーナから、いわゆるアマチュアレース向けのファクトリーチームが出てきている。まさにアメリカのアマチュアモトクロスに揉まれまくっているわけだ。

65ccの頃から、毎年アメリカに来ていた瀬川家だが、よりいい環境を求めてカリフォルニアに移住した。乗る時は週に5回乗ることもあるという。ただ、メカニックがいるような環境ではないため、すべて自分でマシンをメンテしてやってきた。わからないところはダグ・デュバックに聞いていたそうだ。

「ロレッタリンは、カリフォルニアのローカルレースとは全然違う。コースも難しいけど、ライダーのレベルが思い切り高い」と瀬川は言う。全米で名を上げてくる数多のスーパールーキーと戦ってきた。「速いライダーとは体制も違うプライベーターだけど、だからこそ打ち負かしたいと思っているんです。楽しいです」と。

画像: 2年にわたるカリフォルニアでの活動

数千万円するトレーラーでやってくるトップライダー達。瀬川家は、カリフォルニアからバンで、おおよそ3200kmを運転してくるのだ。彼らは逆境だとは思っていない。「みんないい方が多くて、助けてくれるんです」と。

画像: #99、瀬川開生

#99、瀬川開生

どこまでも拡がる、アマチュアの裾野。6000人が観客ではなく、関係者であつまる。あまりに大きくて、把握できないほど。

「成績を早く出して、スターレーシング(ヤマハのファクトリー)に入りたい。2年後にはAMAを走れるライセンスは手に入る」と。15歳になったばかりの瀬川は、まだまだ体も出来ていなくて、まさに「伸びしろ」たっぷりだ。

YZ125で勝てなければ、その後の芽なんて出ない

2018年、この瀬川開生は前述の通り全日本モトクロスIBクラスへ参戦。

まずは1勝、そこをSUGOでクリアした瀬川は言う。「この3戦で『自分の走り』をすれば優勝が確実に取れる、と確信しました。第1戦から3戦目まで1位を獲るために『自分の走り』をすることを意識して、レースをしましたが上手く噛み合わない事が多かったです。
やはりどのクラスで戦っても1位を獲る、と言うことは嬉しいです。しかし、十分満足できる内容では無かったため、反省点を踏まえ次戦に向けて調整していきたいと思っています。もちろん、今年2018年の目標はIBクラスでチャンピオンを取ることですし、将来的にはアメリカで活躍できるライダーになりたいという夢は変わっていません」

画像: YZ125で勝てなければ、その後の芽なんて出ない

今季、粒ぞろいのIBクラスは、すでにIAでも活躍できるレベルのタイムを出しているが、瀬川から見れば、まだまだとのこと。「IA2の4〜6番手くらいのライダーと同じくらいのタイムで走れていますが、トップ3の中に入るには、あと数秒縮めなければならないと思っています。それでもまだ、世界を見たら、世界に通用するレベルでは無いと正直思いました」とのこと。

父は「このIBクラスにて125で勝てなければ、2ストバイクを乗りこなせなければ、その先いっても、トップライダーには、育たないと思っている」と言う。アメリカでYZ125に乗っていたこともあるだろうが、瀬川がいま125での勝利にこだわるのは、その先を見据えているからだ。

家族と離れた15歳

日本に帰ってからは、瀬川は家族と離れる道を選んだ。昨年、IBチャンピオンを産み出したツイスターキャンプへ参加するためだ。渡辺学が育成のために運営しているツイスターキャンプは、この世代にはない厳しいトレーニングで有名。

「親元を離れ、自分で整備や準備、トレーニングまで自己管理をし日々の生活を送る事で少しずつ成長させて頂いてます。至らない部分は多々ありますがツイスターキャンプの皆さんの温かいご支援のお陰で日々を送らせて頂いてる状況です。
学校は通信の高校に入り、自分で勉強を進めています。練習はツイスターの渡辺学君が連れて行ってくださっています。練習日は特に決まっていませんが週に3回ほど乗れるようにしてもらってます」とは父の談。

「普段はハルキに中々会えませんがレースの時に会う度、成長を感じさせてくれます。

ハルキにはモトクロスを通じて、諦めない気持ちや、強い精神力、人との繋がりを学び、社会で生き抜く力を養ってもらいたい。トップに立つ事、そのために自分は何をしなければならないのか、15才になった今、自分の意志で、自分の考えでどのように自分の目標を達成できるのかを考えていって欲しいと。本人の掲げた目標に向け、常に自分を信じ、精一杯努力し頑張っていって欲しいのです」

画像: 家族と離れた15歳

日本で育ったライダーとは明らかに異質で、マシンより先行して体が動く。ともすれば、マシンよりも体が先に出ていくようなライディングで、ぐいぐい周囲をパス。マシンの差で、スタートを出ることができないのは、もはやしようがないことだ。

今後、体も大きくなって、マシンも4ストになるだろう。その時、どんな走りを魅せてくれるのだろうか。

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