ラリーにおいて、もっとも質が求められるパーツはなんだろうか。タワーか? エンジンか? カウルだろうか? いや、多くのライダーにとって最重要視されているのは、シートだ。ライディングからくる疲労に直結するだけでなく、ライディングにも影響するもの。

世界でも最も気を遣っていると思われるチームは、ダカールでタイトルを目指しているTeam HRCだろう。日本が誇る名工NOGUCHIシートとタッグを組み、各ライダーにあわせた仕様の違うスペシャルを毎年作っている。時には、代表野口英一氏が北米へ出向いてテストに参加することもある。人件費、制作経費を加味したら、いったい何百万円分の価値が宿っているのだろうか。

増田まみが跨がるシートは、野口氏が「ダカールスペック」と表現するシロモノだ。

「操作しやすいシートにしてもらいました」

「何よりもシートがめちゃくちゃいい。角があるっていうのがいいんでしょうか、あまり角が立ってるって言うと誤解を生むと思うんですけど。スタンディングで走る時に、下半身が当たる位置、ホールドする感覚がぴったり来ます。スタンディングですごくいいんですよ」とテストでの開口一番、増田は言う。

「ダカールスぺック」と表現される今回のシートは、前側から中央にかけてスタンダードのフォルムを若干削ったもの。中央から後ろはエラが張ったようになっている。これは、特に集中したライディング、たとえばSS(タイム計測区間)において動きやすく、さらに足着き性もアップさせたフロントよりと、移動区間などでじっくり座ってもお尻にやさしいリアよりに分けて使える形だ。野口氏は「座面は、お尻の正義です」と言う。

こちらは、本物のダカール用シート。今は上のタイプを使っているが、過去には下のようにリア周りのエラを作ったものも好評だった。そう、これがダカールスペックの1つめの要素だ。

中身はというと、ダカールスペックではこんな形になっている。下の黄色い積層部は、衝撃吸収剤のT-NETで、ハニカム構造をしている。これを差し込むことで、ほとんど底付き感はなくなるのだ。たとえばこのT-NETに向けてビー玉を落とすと、跳ね返ることが無い。野口氏に言わせれば「このT-NETを敷けば、どこだって寝れるよ」とのこと。

黄色い上部の積層部は、ウレタンフォーム。トライ&エラーを繰り返した結果、かなり高反発なタイプのものをダカールスペックでは使用する。

この2層を防水シート(白いもの)で挟み込む。通常のシートは、ウレタンフォームを金型からだしたまま使うことで、シートフォーム表面の耐久性を上げている。このままシートフォームを削って表面を荒らすと極端に耐久性が落ちるのだ(自作ローシートを作っている方は、注意!)。しかし、NOGUCHIシートでは削った部分を防水シートで挟むことで、防水性と耐久性を確保する。「ビニールで防水してもいいんですが、シートカバーとの相性がよくなくて、カバーとシートが滑ってしまう。アジアのラリーは、必ず雨が降るって言うし、防水性は結構大事だと思いますね」と野口氏。

ラリーバイクのシートに求められるモノ

「ラリーのシートは、実はトレールのシートとほぼ同じです。

求められているものは、人によって違うんですよね。こちらで、新しい技術を開発してライダーに提案すると、だったらやってみたい、と好奇心が旺盛です。で、その新しい技術を取捨選択して、すごく細かいオーダーに対処する。彼らは、気に入らなければ、ラリーの途中でもシートフォームを削ってしまうくらい、こだわりが強いですね。生地ひとつとっても、年々変わってきています。雨が少なかった時代は、スエードをみんな選んでいたんですが、最近では一番グリップがいい素材で作って欲しいと、オーダーされていますね。

僕は、自分の作るシートに自信がありますし、彼らが弊社のシートを選んでくれるのは長年かけて選び出した衝撃吸収剤だったり、対応力だったりするんだと思います。

ラリーに求められるモノって、一概には難しいですね。すごく細かい、いろんなこだわりがあるんですよね」

野口氏が積みかさねてきたノウハウを一つ紹介しよう。たとえばこのシートポケット。ここは、グローブしながら開けて、中のカードを取り出すものだけど、このマジックテープの蓋側はメス(やわらかい側)でなければいけない。ここがオスだと、すぐにグローブがダメになってしまうそうだ。

加えて、このマジックテープは雨でも使用に耐えるため、相当な強度を持っていることから、補強をしっかりいれることが必須だと言う。「こんなポケットひとつとっても、要求されることはいろいろ。僕が実際に走ってみて、テストして、たどりついたものが今の形なんです」と野口氏は言う。マネはできても、本物はできないと胸を張る。

26年ぶりの交友で実現したNOGUCHIサポート

今回、NOGUCHIシートが増田をサポートするにあたって、顔を合わせるのは26年ぶりだそうだ。その26年前の二人がこちら。

学研 バックオフ1992年12月号より

増田がまだ高校3年生の頃、モトクロスをやりながら月刊バックオフ誌でレポーターをしていたのを覚えている方はいらっしゃるだろうか。増田の連載「まみBRAND」で取材されたのが、その時オーストラリアンサファリを日本人最上位フィニッシュした野口氏だったのだ。

というわけで、野口氏の熱い要望にお応えして…

当時のお姿でvol.3を締めくくらせていただきたい。