2003年、ISDEに日本人を送り出すためにはじまったSUGO2デイズエンデューロ。このレースよりも日高2デイズエンデューロのほうがさらに古いが、ISDEを目標とした全日本エンデューロの礎となったのはSUGOのほうだろう。思えば、20年目…ワールドトロフィーも幾度か挑戦し、悲願のゴールドメダルも手にした日本。レベルはその頃とは格段に違う。そして、いま、今年のトップ2人が思うこととは…

釘村忠と、馬場亮太
15本のテストをこなして0.47秒差

とにかく、このたびのSUGOは稀に見る極悪なコンディションだった。台風1号が入念に水を染みこませたトラックは、特にモトクロスコースが酷い有様。普段なんでもないスネークセクションには、水たまりから濁流が流れ込み、DAY1数周目の段階で深いワダチを形成した。このワダチには、IAクラス2名が犠牲になり、あるライダーはあまりに深いワダチにはまったことから、バイクの前に足が埋まって動けなくなるという事態に陥った。スタックだけではない。序盤は、強烈にスリッパリーな路面になり、ちょっとしたジャンプ斜面すら攻略できないライダーが続出。まさに地獄絵図であった。

エンデューロにおけるこういった路面は、しかし上位陣にはたいした影響を及ぼさないのが通例だ。このSUGOでも、IAクラスのライダー達は得手不得手あるにせよ、おおよそ実力通りの結果を発揮する。急に遅くなるようなライダーはいない。馬場亮太、釘村忠の現JEC2トップも、やはり同じ。馬場は経験不足から、何度もミスをしてしまうが、タイム的にはまとめて釘村と接戦を繰り広げる。むしろ、最終テスト前では馬場が3秒先行、釘村がこれを必至につめるものの届かずという手に汗握る展開だった。

DAY2は、馬場が苦手にしていたエクストリームテストの攻め方を、急速に身につけていく。「他のライダーが走るラインを参考にしてみたら、まだつめられるラインがあったんですよ」と馬場。エンデューロテストは釘村と同等、クロステストは馬場のほうが速かった。だから、エクストリームテストをつめなおすことで、釘村との差は明確に離れていった。