全日本モトクロス選手権レディースクラスは今、ベテランと若手が交錯する新時代を迎えている。表彰台の顔ぶれが毎戦変わる中、トップを牽引する本田七海の強さに迫る

2023年全日本モトクロス選手権レディースクラスでは、以前までトップ6を常にキープしていた久保まなや畑尾樹璃、小野彩葉らの引退により、チャンピオン獲得経験を持つのは川井麻央と本田七海のみとなった。シーズン前半ではそこに若手ライダーたちが台頭。初優勝や初表彰台を獲得するニューカマーが現れ、レディースクラスにとって確実に新たな風が吹いている。

今回は、そんなレディースクラスでトップを争う本田に注目。全日本モトクロス選手権に挑戦し始めてから10年になる彼女の強さはどのようにして培われているのか。直接インタビューさせてもらった。なお、インタビューを担当したOff1.jp編集部伊澤は全日本レディースクラスに挑戦していた時期もあり、現在はレディースクラスのいちファンとして応援を続けている。今回はそんな伊澤の目線から、レディースクラスを牽引する本田七海の魅力に迫っていく。

2スト85ccでレースをリードする本田の強さ

レディースクラスは2スト85ccと4スト150ccのマシンの混走で競われる。2スト85ccは車体が軽く取り回しやすい反面、4スト150ccは事実上HondaのCRF150Rのみだが車重があるかわりにパワーが大きいというメリットがあり、どちらのマシンを選ぶかはライダー次第だ。ここ数年では、トップライダーが4スト150ccマシンに乗り換えてチャンピオンを獲得する、という流れが多く見られ、4スト150ccの方が強い、または有利という印象を持っている方も多いかもしれない。

しかし、本田は2スト85cc一筋で、2度目のチャンピオン獲得に向けてレースに挑み続けている。2019年にチャンピオンを獲得して以降、クラスとしてはさらに4スト150ccの割合が増えているものの、本田はマシンのパワー差を感じさせないテクニックで現在もトップ争いを展開している。そんな彼女の強さの根源にあるものは何だろうか。

レース前、本田と辻本監督

本田七海(以下:本田)「ここまで強くなれたのは、所属チームであるTeam KOH-Zのオーナー、辻本さんに厳しく指導してもらった影響が大きいと思っています。実は、自分の性格的に競い合うことが得意じゃないんですよね。根本的にメンタルの弱さがあって、それこそレースに挑戦し始めた当初は悔しがったりすることもあまりありませんでした。そんな時に、練習やレースで上手く走れなかったことで辻本さんに怒られて、初めて悔しいと思ったんです。そこから、悔しさを糧に走り込んでいって、良い走りができたり、自分の課題をクリアしていく中で自分の走りに自信を持てるようになりました。今も、辻本さんの指導のおかげで走りの面でもメンタルの面でも成長できています。

ただ、今でもメンタルの弱さが走りに影響することは多くあります。そういう時は、ひたすら乗り込んで練習することで自信を取り戻せるので、少しでも不安要素をなくすために日々練習を重ねています。それこそ2023シーズンが始まる前のオフ期間では、1ヶ月間宮崎へ合宿に行き、ほぼ毎日乗り込みをしていました。休みは週2日ほどでしたね。また、チャンピオンを獲ったシーズンの前にはアメリカ合宿にも行きました。アメリカは草レースから公式戦まで本当に多くのレースが行われているので、当時は色んなレースに出て経験を積みました。それがすごく楽しくて、自分の気持ちと走りが上手く噛み合ったことが、チャンピオン獲得に繋がったと思っています」

4ストロークマシンをパッシングする本田

アップダウンの激しい全日本コースについて「パワーがある4ストロークマシンに有利」といった表現を見かけることもある。4ストロークマシンの強みが生かされやすい状況で、2ストロークマシンを駆る本田が同等に戦うことは容易ではないが、練習を重ねて自信を身につけているからこそ、本番でその強さが発揮されるのだろう。

なお、本田の走りを見るとアクセルワークやライン取りを綿密に計算し、対抗していることがわかる。例えば、2019年第7戦九州大会の決勝では、2014・2017年レディースクラスチャンピオン竹内優菜との接戦が繰り広げられた。

【バイクレース】MFJ全日本モトクロス2019 Rd.7 HSR九州 レディスクラス

youtu.be

その接戦は最終コーナーまでもつれ込み、竹内がイン、本田がアウトをチョイス。両者の差が一気に縮まり、インを刺した竹内が優勢かと思われたが、本田はアウトを選んだことによりスピードを落とさずコーナー出口を立ち上がり、見事逃げ切った。ここでは通常インで抑えたくなる場面でアウトを選ぶライン取りの巧さと自信が感じられた。また、2023年第4戦の中国大会では、アップダウンの激しいコースで、特に最終コーナーで4ストロークマシンとのパワー差が生まれやすい。しかし、本田は最終コーナーの壁面を利用してアクセル全開でまわることでその差を縮め、見事ヒート1優勝・ヒート2では2位を獲得。自分に自信が持てるまで練習を重ねる、その努力こそが彼女の強さとなっていることが見てとれる。

2023 JMX 第4戦 中国大会

www.youtube.com

26歳。ここまで続けてこれた理由

全日本モトクロス選手権に出場するレディースライダーを見ていると、成績の良し悪しに関係なく、高校や大学入学、就職という節目で競技人生を終えるライダーが多くいる。その背景として、ライダーとしてのキャリアのみでは実生活が成立しにくいという点があるだろう。最近では畑尾や久保が社会人として仕事をしながらレースに参戦し、社会人との両立という新たな選択肢を示したが、決して簡単なことではない。そんな中で本田は、職業ライダーとして活動している。本田を支える環境はいかにして作られてきたのか、いかにして維持されているのだろうか。

2023全日本モトクロス選手権第4戦ヒート1で優勝した本田。キャップやウエアにはスポンサーのロゴが記されている

本田「自分の場合は、周りの環境の良さが大きいです。レディースライダーが辞めていく理由として、やっぱり稼げないという面が一つの大きな理由になっていると思うんですよね。私自身も26歳まで続けてきていますが、稼げないという点に焦点を当てると、続ける意味がないのではと不安に思ってしまうし、その不安から辞める選択をしてしまうのも理解できます。

それでもここまで続けてこられているのは、3〜4年前ぐらいから他業種の方にスポンサーについてもらっていることが大きいです。チームオーナーの辻本さんが『やってるからには稼げないと意味がない』という思いを持ってくれていて、スポンサーの方々も、頑張ったらその分何かがないと良くないし、女の子だからという理由で稼ぎが少ないのも今の時代ちょっと違うんじゃないか、という思いで応援してくれています。勝てば稼げるという環境は、自分としても一つ大きなモチベーションになりますし、サポートを通して応援してくれてる方が多いので、勝って、チャンピオンを獲って恩返ししたいなという思いが強いです。本当にありがたいです。このチームがなかったらっていうのもそうだし、こんなにたくさんのスポンサーがついてなかったら自分はすぐ辞めてたなって思います」

レディースクラスはこの10年でどう変わったのか

全日本モトクロス選手権にレディースクラスができたのは2000年で、今年で23年目だ。一方、本田が初めて全日本モトクロス選手権に参戦したのは15歳で、10年以上参戦しているということになる。23年の歴史のうち約半分ほどを経験してきた本田から見て、全日本モトクロス選手権およびレディースクラスはどう変わってきたのだろうか。

2023全日本モトクロス選手権第2戦。現在チャンピオン争いを繰り広げている川井とのワンシーン

本田「自分が全日本に出始めた頃は予選があって当たり前だったし、予選落ちたらどうしようというプレッシャーもありました。その時と比べると、今は予選落ちがないほど参加人数が少なくなってきていて、正直寂しいです。ただ、10年参戦し続けてきて、レディースクラスのレベルが全体的に上がっているなと感じています。特に、トップとその下につける第2集団のレベルが高いです。また、予選落ちがない分140%ルール(編集部注:予選通過基準のこと。ライダーは、予選中に記録したベストラップタイムが同じ予選組のトップタイムの140%以内でないと予選を通過できない)が追加されたのは新しいなと思います。予選落ちがないので決勝に出場できるライダーの幅も広がるとは思うのですが、とはいえレベル差がありすぎると危険が生じるので、私は良いと思います。

これまでモトクロスをやってきて、レディースクラス=遅いというイメージがついているようにも感じています。ただ、今季は特に、中学生や高校生といった若いライダー達が表彰台を争っていて、すごくレベルが上がっています。 レディースでも速いしかっこいいんです。このレベルの高さやかっこよさを、観客の方に感じてもらえたら良いなと思います」

10年を通して、良い面にも悪い面にも変化してきているレディースクラス。本田はモトクロスの魅力についても語る。

本田「自分としては、モトクロスって家族との中が深まる良いスポーツだと思うんですよね。というのも、コースまでの移動やメンテナンスなど、モトクロスは親の協力があってこその競技だと思いますし、自分も小さい頃はそうでした。もしモトクロスをしていなかったら、親と今のように仲良くなれなかったんじゃないかなと思うくらい、家族との距離が近いスポーツだなと。特にレディースクラスはライダーをサポートする大きなチームが少ない分、家族ぐるみで参戦しているライダーが多いと思います。レースをしなくても、練習に行く道中や練習時にコミュニケーションが生まれるので、とても良いスポーツだと思います」

本田が見据える未来とは

本田は現在ライダーとしての活動に加え、ヤマハバイク教室のインストラクターやチームの育成も担当し始め、これまでの経験を教える立場で活用している。活動の幅を広げる本田に今後の目標を聞いてみた。

本田「まず、今季はもちろんチャンピオン獲得です。今はそれしか見ていません。ただ、引退した先を見た時に、じゃあ辞めますってモトクロスと違う仕事をするというのは違うなと思っています。今の若いライダーたちもそうだと思うんですけど、モトクロスを続けることって、色んなことを犠牲にしながら頑張ってきて、すごく大変だと思うんです。でも、モトクロスの経験を生かせる仕事は多くないですし、モトクロスから離れた職業に就く選択をするライダーが多いのが現状だと感じています。なので私は、今までやってきたことを生かせる仕事をしたいと思いますし、そうしていくことで、『レディースクラスでチャンピオンを獲ったから、モトクロスをここまで頑張ってきたから、その先に何かある』という環境に自分がしていきたいなと思います。次の世代のためにも」

インタビューを通して、本田から純粋にモトクロスが好きだという気持ちが感じられた。この気持ちが本田の軸となり、強さになっているのだろう。現在チャンピオンを巡り接戦を繰り広げている彼女の走り、そして今後の活躍に注目していきたい。