AMAプロモトクロスのチャンピオン経験者であるトレイ・カナードを起用して、必勝体制で全日本モトクロスに臨んだホンダの電動モトクロッサープロジェクト。2位/DNF/DNFという結果をどう見るか

不運に見舞われてDNF

世界的にも初めての試みであった電動モトクロッサーCR ELECTRICの公式戦デビューは、Team HRCチームマネージャー本田太一氏のコメント「まず最初に、これほど短期間でCR ELECTRIC PROTOを競技用に準備してくれた開発チームと関係者全員に感謝したいと思います。また、数回のテストしか受けていないにも関わらず潜在能力を示してくれたトレイ・カナードにも感謝したい。今日は3ヒート制でしたが、各レースから学んだことを取り入れて、CR ELECTRICプロジェクトの開発にフィードバックしていきます」から察するに、かなり困難な試みだったことがわかる。

3ヒートのうち、1ヒート目は終盤までトップを走るジェイ・ウィルソンと争ったが、ハンドルまわりのインジケーターが光りペースダウン。このインジケーターはバッテリーが少なくなったことを示していると思われる。某情報筋によれば、バッテリーは意図しないタイヤの空転でかなりの放電をしてしまうらしく、特に今回の全日本モトクロスRd.8関東大会がスリップを誘発する難しい路面コンディションだったことは不利な状況だったと言える。カナードのレース後コメントでは「バッテリーの消費については、研究すべきところが多く残されている。土曜の予選は特にコースが難しかったが、アジャストすることでヒートを追う毎によくなっていった」と話してくれた。

ジェイ・ウィルソンの後輪にリーシュコードが絡まっているのがよくわかる。転倒後、地面を探すカナード……

これはヒート3だが、この手首にまいてあるのがマグネットスイッチ

2ヒート目は小さなミスがあだとなった。カナードはホールショットをゲット、オープニングラップでまたもウィルソンと直接対決となり、カナードが先行。しかし2周目の1コーナーでイン側からパッシングしてきたウィルソンと接触してしまう。CR ELECTRICにはトライアル車のようなマグネットスイッチ(リーシュコードで手首につながっているキルスイッチ。転倒時などに外れるとモーターが回らなくなる安全装置)を搭載しており、このリーシュコードが接触によって切れてしまった。運悪く、コードの先についていたマグネットスイッチがコースに落ち、それをカナードが見つけられず、マシンを復帰できなかった。このマグネットスイッチはレース後にオフィシャルの手によって発見され、ホンダへ返却されている。

3ヒート目は、接触したばかりの1コーナーで鋭くウィルソンを封じてまたもカナードがホールショット。ところが2周目で前転するような形でクラッシュしてしまう。「クラッシュして起き上がったらフロントがねじれていて、前輪が動かなかった」とカナードはここでDNFに。

なお、ヒート2はウィルソンとカナードが転倒したことでトップ争いから脱落。開幕前のケガからようやく復帰を遂げた星野優位が、復帰第1戦で華々しくヒート優勝を遂げた。今季は全戦ウィルソンが勝ってきたため、日本人として2023年初のIAヒート優勝をものにしたことになる

CR ELECTRICの証言

カナードはCR ELECTRICについてこんな評価を聞かせてくれた。「バイクは非常に丈夫で、信頼性も高い。だからこそ今回のレースには発展性を感じているし、いい機会に恵まれたと思う。この取り組みが一般の観客に公開されたこともとてもクールだと思うね。

僕はスロットルを強めに開けてクラッチで微調整をするライディングスタイルなんだ。クラッチが無いCR ELECTRICではクラッチを使ってレスポンスを稼ぐことができず、自分にとって課題の一つだった。それと、いざレースに出てみるとバイクの音が聞こえないんだ。他のバイクの音しか聞こえないし、エンジンの振動もないからバイクがどういう状況にあるのかがわからなくてとまどった。ただ、これも対応できればいいことだと考えている。

ストールしないことやトルクフルな特性であることは、とても大きなアドバンテージだと感じる。パワーが後輪に伝わる瞬間は、とてもインプレッシブで、パワーデリバリーがとてもスムーズだ。あと、フレームがとてもよくて、バッテリーとモーターの特性にあわせたフレームだと感じた。何が違うのかはわからないが、いい経験をさせてもらったと思っている」

わずかにその走りを背後から観察した大倉由揮は「音が聞こえないから、背後についてもどう速いのかが理解できないんです。どのタイミングでアクセル開けているのかわからなくて、ひたすらスムーズに走ってるという感想です」とコメントをくれた。

ヤマハでYZ450FMの開発も担っているウィルソンは「まず、このプロジェクトは非常に難しいんだろうと想像している。同じテストライダーとして、彼らの努力をリスペクトしているよ。我々は何年もエンジンでレースをしてきていて、とても多くのデータを持っている。ライダーというのはバイクのバランス、重量、音、振動に大きく依存しているのだけれど、これが無くなったときどうだろうか。

電動モトクロッサーで今日みたいな難しいトラックを走るのは、とても難しいと思う。たとえば僕は3速でスロットルを10%くらい開けて走ることで、サスペンションにかかる荷重をキープしながらトラクションをコントロールしているんだけど、電動の場合は2〜5%のスロットル開度で急激なパワーが出てしまうからね。コースをただ走るだけならいいだろうけど、全日本モトクロスを戦うとなるとアグレッシブにスロットルワークする場面も出てくるから、ホイールスピンしやすくなってバッテリーも消費してしまうだろう。これらの研究に全日本へのチャレンジはとても有用なものだと思ったよ」と今季最強のライバルを賞賛した。

ジャンキー稲垣が考える「電動の未来」

カナードとTeam HRCの素晴らしいところは、時間のない中で勝利に限りなく近いところまでマシンとライダーをアジャストしてきたことだ。今年の9月にカナードはテストに参加したとのことで、準備期間の無い中で電動バイクの特性を掴んできたらしい。

公式練習でのスタートは、まだまだ未完成。メッシュから土におりた瞬間に振られるのは巨大なトルクのせいか

ヒート1もだいぶ振られてしまう

ところがヒート2、3では抜群のスタートを見せ、電動のトルクがいかにスタートで武器になるかを証明したかのようであった!

形こそ現行のCRFに似ているが、フレームはほとんどの部材を削り出しで新調しており、よく見るとまるで違うものであることがわかる。メインフレームの太さや、ピボットフレームの厚さ、それだけでなくネックまわりは接続方法を変えており、近年まれに見るプロトタイプのファクトリー製フレームだ。モーター周辺も2019年に発表された初期型CR ELECTRICとはまったく違う外見をしていて、すべてがオールニューの状態なのだと推測される。なお、全日本で魅せたモーターパワーは十分なものだった。なにせ4スト450のクラスで、クラッチがないマシンで2度もホールショットを獲っているのだ。スタート練習時にはトルクが強すぎるのか、スタート後の金網から土におりた瞬間に横に振られてしまうことが多かったし、まくれやすいからか思い切り深くホールショットデバイスをかけている姿が見られた。だが、結果的にあっという間にカナードは電動バイクのスタートをものにしたのだった。モーターの溢れるトルクと、カナードのスキルがマッチしていたのだろう。

電動バイク開発の難しいところは、バッテリーだとされている。モーターの技術革新はだいぶ進んでいて必要にして十分だが、その性能にバッテリーがまだ対応しきれていない。現時点ではバイクのパフォーマンスと、重量(およびバッテリー自体の体積)を天秤にかけて、ギリギリのところを狙っている。ヒート1でバッテリー残量が不足していたであろうことを考えると、15分のレースでも悪条件下では持たないわけで、「電費」がいかに切迫しているかがわかる。現在世の中に出ている多くの電動オフロードバイクが、変則的なタイヤサイズ(たとえばサーロンウルトラビーはF80/100-19、R90/90-19で非常に細い。CR ELECTRICはR120/80-19でCRF450Rと同じサイズ)を採用しているのは、タイヤによる負荷をできるだけ削減するためである。電費は電動バイクにとって、最大の課題なのである。

また今回多くのライダーや関係者に所見を聞いたのだが、口々に言われていたのは低速コーナーで苦労している姿についてだった。ゼロスピードに近くなるような低速コーナーからの立ち上がりでもたつく姿は、パワーを制御し切れていないように思えた。スリッパリーな路面でうまく立ち上がれないところを、カナードのスキルで強引にカバーしているような感じだ。カナードによれば「パワーデリバリーはとてもスムーズだ」とのことだったが、同時に音が聞こえずエンジンの振動を感じられない中で戦う難しさも口にしている。どれだけ開ければいいのか、をエンジンの振動や音からくる肌感覚で理解できないため、スロットルの操作がずれてしまうのだろう。これは電子制御によって補うべきモノなのか、それともクラッチによって補うべきモノなのか。この先の開発によって早い内に答えがでてくるはずだ。

昨今、世界的にモトクロッサーの売れ行きの方向性が変化していると聞く。レーサーなのだから勝てるマシンが売れる、という時代から、レーサーの軽快な運動能力を存分に休日のファンライドで楽しみたい、という時代に変わってきているのだと。だからこそいまだに2ストロークは無くならないし、選手権に参加できない排気量の2スト300ccのモトクロッサーが出てきたりしている。トライアンフやドゥカティがモトクロスに参入してきたのもこうした機微を感じとったゆえではないだろうか。

カナードは今回のプロジェクトに対して、結果を残せず残念だということや、プロジェクト自体にはデータを残せたというようなことを言っている反面で、電動モトクロッサーがとても楽しいと何度も口にしている。テスラが売れたのも、エンジン車離れした加速を楽しみたいからという面があるだろうし、サーロンが好調なセールスを記録しているのもエンジン車では味わえない浮遊感やコンパクトな車体ゆえの全能感があるからだろう。まったくパルス感のないモーターが、450クラスの強烈な加速をすることを想像してみて欲しい。まったく新しい乗り物感覚、これはたぶん楽しいはずだ。電動モトクロッサー開発が「楽しさ」さえ忘れなければ、エンジン車と同じように未来が開けるはずだと思う。