北米市場で「実に450らしい450」と評価されてきたヤマハYZ450F。450らしい牙の鋭さはそのままに、アクセル開け始めの素直さとフロント周りの安心感を同じ方向で底上げしてきたのが26年型だ。試乗会場となったSUGOの固い路面でも、コーナー進入は落ち着き、立ち上がりで速い。今回のモデルチェンジの核になるのはフレームとエンジンである
SPECIAL THANKS/Technix
450の現在地と、YZが背負ってきた強さ
450は「上級者だけが扱えるモンスターマシン」という言い回しで括られがちだった。ロードで言えばMotoGPと同格、最上級クラスである。一般人には扱えなくて当然、トップライダーたちですら手こずるのが「ヨンゴー」。現在、バイクメーカー各社は、そのハイパワーをどう扱いやすさと両立させるかで競っている。ヤマハの答えはシンプルで、開発責任者・石埜PL(プロジェクトリーダー)は「スロットルを閉じた状態からの開け始めをライダーが驚かないような自然なつながりにする。トップエンドは犠牲にせず、中低速を厚くする」と言う。もう一つの柱はフロント周りだ。「接地感、安心感、信頼感。不整路を走る以上、余計な心配事を減らしてリラックスして走れること」。この二つの“やりたいこと”を、今回はフレーム側とエンジン側の両方に手を入れて、同じ方向へ揃えてきた。
メインフレーム・吸気に大きく手が入った2026年型
23年に行われたYZ450Fの大幅改良は評価こそ高かったものの、一部ライダーから「フロントの接地感にもう少し信頼性がほしい」という声が残ったという。開発チームは北米のAMA SX/MX、欧州のMXGPチームと隔週でミーティングを重ね、レース現場の感触と市場の声を突き合わせながら、次の一手を選んだ。そこで的を絞ったのが、ダウンチューブの鍛造部品で、26年型ではその形状を新設計した。YZユーザーなら一目見るだけでその違和感に気づくだろう。ダウンチューブの上部が太くなっていて、その代わりに下部は薄く、また内側の作りも合わせて見直されている。エンジンハンガーも新フレームに合わせて左右非対称を選定したそうだ。
YAMAHA
YZ450F
¥1,182,500(税込)
メーカーの説明によると「縦・横・ねじれの基礎剛性は従来同等としつつ、路面からの突き上げに対する剛性のみを緩めることでフロントの信頼感を高める」という方向性とのこと。基本の剛性要素を変えずに、突き上げだけに対応することの大変さは想像に難くない。以前のモデルチェンジでは、何度もテストを重ねて数ミリの穴をフレーム内側に穿つことで剛性を最適化したと説明されたが、それを遙かに上回る工程があったのだろう。今回行われたYZ450Fの試乗会場にはフレームの製造部門から説明員が派遣されていて、溶接のやり方を改良することで約80gの軽量化に成功したことを語ってくれた。80グラム。いかにYZ450Fの熟成が細部に、かつ緻密に進められてきたのかわかるだろう。
もう一つの大きなトピックはエンジンの吸気系だ。まず、燃焼室内のタンブル(縦渦)を強めたという。一般にタンブルを強めると開け口の角が取れて穏やかな印象になると言われているが、混合気の流入量が少なくなることでピークパワーを失うトレードオフの関係にもある。そこでヤマハは吸気ポートの断面を長円に近づけることで混合気の流入を最適化してピークを維持する策を採った。マッピングでも低回転域をうまく回す修正が入っている。石埜PLは「今年は“ファーストタッチ”のフィーリング向上にこだわった」と繰り返し説明したが、開け口というよりもマシンに触れた瞬間、マシンを扱う瞬間、いわば第一印象の素性の良さを底上げした、と解釈したい。フレームの改善によって走行時におけるギャップのあたりで柔らかい印象を与え、さらに吸気系の改善によってスロットルを開けた瞬間の印象も改善してきたということだ。
また吸気騒音・排気騒音ともにレゾネーターを仕込むことで抑えているそうだが、抑えた分レブリミットに余裕ができたことでその上限を4%ほど引き上げることが可能になったという。機械的な性能向上ではないものの、体感できるアップデートとしてはかなり効果的なはずだ。そもそも、機械的にはレブリミットを上げられる伸びしろがまだ十分にあったということになる。これも地味にスゴイところだ。
昔を知る熱田孝高が、26年型の“いま”を語る
試乗会場は、YZのメディア試乗会ではおなじみの宮城県スポーツランドSUGO。日本屈指、かつて世界選手権が開催されたこともあるテクニカルかつダイナミックなモトクロスコースである。巨大なKYBジャンプに、シフトアップが求められる長さのストレート、ハードパックの路面が特徴だ。コース整備で均しても固い土質のギャップは鋭く、モトクロッサーにとってかなりアタリが強い。今回の試乗会で新型 YZ125を先にインプレッションした熱田孝高は、乗り慣れた450ccに安堵を覚えたようだった。1977年生まれの熱田世代はもともと2ストで育ってきたが、世界選手権に挑戦していた時期にちょうど4スト化の波に飲み込まれたという。当時の450はキャブレターでボギングもあり、まだ特性は荒く発展途上だった。
「昔の450は乗った感じも重くてね、だから転んだ時の衝撃が半端じゃなかったんですよ。ぶっ飛ぶと痛いんです、大変な思いをしましたね。サスペンションの違いもあるかもしれませんが、転倒時に人間が飛ばされるスピードがすごく速かった気がします。今のバイクはいろんなことを勝手にやってくれていて、いきなり滑ったりすることもないし、イージーです。特に最近の450は燃料がきれいに燃えるよね。このYZ450Fもその上で、パワーもしっかり出てる。ファーストインプレッションは凄く速いなと思ったよ。2ストロークのYZ125は難しいし、僕は普段から450に乗っていることもあって楽な450のほうがしっくりくる。それに、昔の“グワッ”と身体が急に持っていかれる感じがかなり薄いので、怖さが先に来ない。滑っても体ごと持っていかれないので、開けていけば前に出る。だから身構えずに走れる。ある意味、とてもイージーなバイクになったと感じたよ。
今日のスポーツランドSUGOはハードパックで、曲がるきっかけも少なかったんだけど、そんな日でもしっかりトラクションするからすごいと思った。パワーよりも扱いやすさを重視したバイクにありがちな牙を抜かれた感じもない。エンストしづらいのもいい。『ダメなところどこ?』って逆に探すくらいだった。
スタートも試してみたけど、とても良かった。スポーツランドSUGOなら2速で引っ張ったまま1コーナーに飛び込めるね。3速にシフトアップする必要を感じなかった。”レブリミットが伸びた”って話があったんだけど、実際引っぱり切れる感じがした。3速にシフトアップするタイミングのわずかなロスが無いから、SUGOに関しては明らかにアドバンテージになるよ。自分は電子制御に任せっぱなしにしない派だから、トラコンもローンチコントロールもあまり使わないんだ。欲しいところで必ず電子制御がうまく動くとは限らないし、路面は一定じゃないし、湿度で荒れ方も変わる。結局は現場合わせが大事だと思ってるからね。一周しかないサイティングラップの時に路面の食いつき方を試す。そこで“どれくらい掴むか”を体に入れておく。そういうテクニックを効かせるには、ベースが素直で出力が安定してるバイクが必要。今回のYZ450Fはそういう意味で信頼できると思う。
サスは、立ち上がりで駆動を掛けても姿勢の収まりがいい。リアが出にくくて、コーナーは前に乗っていける。ベースバルブ径が28mmに拡大化して、メインのポート数も増えたでしょ。450は強さが要る場面が多いから、そういうアップデートの積み上げでハイレベルな領域での余裕が出てると思う。
『誰でも乗れる』と軽くは言わないけど、少なくとも“怖さで身構えずに速く走れる450”にはなってる。実は今回、足を怪我していたんだけど、そんな状態でも乗れたからね。僕でこう感じるなら、みんなにも“乗れる450”になったんじゃないかな」
細部の積み上げ
ここでまたマシンの話に戻ろう。クラッチに長らくワイヤー式を使ってきたヤマハだが、最後発で油圧式を新採用した。周回を重ねるとクラッチプレートが熱で膨張し、ワイヤー式は遊びが詰まってミート位置がズレていく。これまでのYZは独自のアジャスターで、走行中に遊びの調整をしやすいよう工夫がされていたのだが、油圧はフルードが圧送されることでミート位置のズレを打ち消せる。採用にあたってはミートの分かりやすさと自然なタッチを重視し、スプリング荷重は上げつつ特性を最適化して指の負担を抑えているという。入力側は専用レバーと自己潤滑樹脂カラー、伝達側はプッシュロッド安定化のためミッション軸にブッシュを追加。ハウジングスプリングのシート径を拡大し、プレートの給油孔は並列から千鳥配列に変更して油の回りを広げ、連続周回でもつながり方を安定させているそうだ。一般的に油圧は引き側が軽く、戻し側は重めになりがちなのだが、このあたりのフィーリングの変化を嫌ってヤマハは油圧クラッチ採用を見送ってきていたのだと言う。どちらをよしとするかは価値観の差だが、これでスズキ以外は国産モトクロッサー全車が油圧クラッチになったというわけだ。
サスペンションは新フレームに合わせて専用にセッティングされている。試乗会にはカヤバの説明員も登壇し、同社が掲げるグラウンドフックコンセプトを披露した。路面への追従性にこだわり、まるで路面に固定されているかのようなサスペンションを作る、とのことだった。リアは低速圧側を受け持つベースバルブをφ24→φ28へ大径化し、ピストンのオイル通路は従来の伸圧共通から伸/圧の分離ポートに。極低速での“抜け”を抑え、小さな入力でも減衰がきちんと立ち上がる。中〜高速の伸圧を司るメイン側は、各4ポートから各6ポートに変更して負荷を分散。圧側には手回しのクリックダイヤルが追加され、現地の路面に合わせた微調整がしやすくなっている。また、シート表皮はハニカム調を採用、前方向の体移動は妨げず、加速時には後ろへズレにくい。これは特許申請中だとのことだ。
電装面では「ECUロック」を市販オフロード競技用として初搭載した。「パワーチューナー」アプリでパスワード管理し、ロック時はエンジン始動不可となる。2022年に公開され、第75回カンヌ国際映画祭で「《審査員の心を射抜いた》賞」を受賞した映画「Rodeo(ロデオ)」にもモトクロッサーが盗難されるシーンが描かれていたが、昨今は公道が走れないレーサーであるモトクロッサーすら盗難対象となるご時世だ。このアップデートはオーナーには嬉しい配慮だと言えるだろう。
ノービス稲垣でも怖くは…なかった
2023年のモデルチェンジの時は、やはりここスポーツランドSUGOでYZ450Fに乗った。正直に言えば、その時の印象はまったくよくなかった。路面がハードパックだったこともあって、とにかくスロットルに少しでも触ればタイヤが敏感に反応する。神経質という言葉がぴったりだった。そもそもノービスの僕が、450を試す必要なんてないし、この先所有しようとも思わない。今回もロード雑誌の編集者が、MotoGP 日本GP後のメディア試乗会で一応乗れるならRC213Vに乗ってみたい、そんな動機と対して変わりはしなかった(いや、待てよロード雑誌の編集者ってバイクに乗るのうまい人ばかりだからちょっと違う気もするけど、まぁいいか)。
ただ、昨年ヤマハからYZ450FXを借りて1年乗ったので、450という排気量にもだいぶ慣れたつもりではいた。とはいえ、SUGOでビンビンのモトクロッサー450ccに乗るとなったら話は別。何が起こるのか乗らずともわかっていた。ただただ恐ろしく、なにも面白く感じないはずだ。
ところが、蓋を開けてみたらそうではなかった。吸気系の制御が効いているのか、フレームの改変が効いているのか、PL石埜氏の言うとおり、ファーストタッチの印象がとてもいい。スロットルは僕レベルの言うことをしっかり聞いてくれて、微開にとどめておけば十分に楽しくSUGOを回れるほどだ。直前に乗ったYZ125より、むしろYZ450Fのほうが幾分楽に感じたくらいだ。開け口の角がとれた感触だけでなく、突き上げ方向の車体のまろやかさも影響しているんだろう。まさか2スト125より、4スト450のほうがイージーだと感じる日が来るとは思わなかった(編集部注:個人の感想です)。なんだかんだいって、ヨンゴーはヨンゴー。されどヨンゴー。だが、なんとかなるのも今のヨンゴーだ。来年出てくるであろうYZ450FXの新型は、さらにファーストタッチが良くなっているに違いない。
“450らしい450”の看板を掲げてきたYZが、“扱える強さ”を本気で掘り下げた2025年。フロントの安心感と開け始めの素直さ、その両輪で同じ方向に舵を切った結果、ノービスには難しい硬い路面でも落ち着いて速い。僕にその勇気は無いが、男気ヨンゴーに憧れるあなたは今年こそチャンスかもしれない。あ、そうそう僕が乗ったのはマイルドモードです。スタンダードモード? そんなのついてたかな。