JNCC第8戦「ビッグバード高井富士」は、突然の豪雨による中断、コース短縮という波乱の展開の中で、トライアンフTF250-Xを駆るステファン・グランキストが優勝。そしてこのレースで渡辺学が、JNCC史上最多となる通算8度目のチャンピオンを決めた。雨と泥に翻弄されながらも、それぞれの強さを見せた二人のレースを振り返る

豪雨のゲレンデを制したステファンの冷静さと攻めの姿勢

2025年のJNCCシリーズもいよいよ最終盤。長野県・高井富士スキー場を舞台に行われた第8戦「ビッグバード高井富士」は、これまでのどの大会よりもドラマに満ちていた。午前中のFUN GPはベストコンディションで、高井富士ならではの長いウッズが楽しめる気持ちのいいレース、COMP GPスタート直前も、空は青く晴れ、序盤は誰もが“このままドライでいける”と信じていた。しかし、オープニングラップ中、急に風が変わり、山の上から黒い雲が押し寄せた。間もなく雨が降り出し、それはあっという間に強い雨へと変わる。

この時点でレースの主導権を握っていたのはステファン・グランキストだった。オープニングラップを唯一11分台で走破し、2周目の中盤には後続に30秒以上の差をつけていた。「最高のコンディションで始まって、すぐに激しい雨になりました。トライアンフ250Xは本当にあらゆる状況に対応してくれました」とステファン。彼はこの日、TF250-Xの持つ中速域のトルクと軽いハンドリングを最大限に使い、細かく路面を読みながらペースを維持していた。

だが、雨脚が強まるにつれ、コースの難易度は急上昇した。特に名物の「BB転がし」は「このままだと死人が出る! 早くコースをカットして!! まったくブレーキが効かない!(AAライダー中島敬則)」と怒号が飛び交ったほどの難易度。ステファン自身も「スキー場の大きな坂で他のライダーとクラッシュしてしまい、多くの時間を失いました。4回は転びましたよ」と語る。この隙に小林雅裕がトップを奪取、成田亮がこれに続き、ステファンは3番手へ後退する。モトクロッサーであるTF250-Xのタンクは7Lと大きくなく、このタイミングでステファンはガソリン補給にピットイン。

ステファンがレースを立て直す間にも豪雨はますます激しくなり、主催は安全確保のためにレースを一時中断。BB転がしの入り口にライダーを待機させ、セクション内でもがくライダーたちがクリアになるのを待った。結果的にこの中断が、後半戦の分岐点となった。レース再開後、上位ライダーたちを1分刻みで順に再スタートさせる方法をとったのだが、ステファンがいたのは2番手の位置。小林雅裕の1分後方から再スタートを切り、そこから驚異的な追い上げを見せた。「どれくらい残り時間があるか分からなかったので、ただ全速力で走りました」というステファンの言葉通り、わずか1周で首位を奪還し、2位に3分以上の差をつけてトップチェッカーを受けた。このスプリント力こそ今回のレースのキーポイントだった。

ステファンは「オーストラリアでもトライアンフTF250Xに乗っているのでマシンにはとても慣れていました。自分仕様はもっとパワーがあって攻撃的ですが、クラッチコントロールを丁寧にすれば本当に乗りやすい。今回はぬかるんだ重いコンディションだったので、モトクロッサーの余分なパワーが有利でした」と分析する。今回はギア比を48Tから51Tへ変更し、ホイールベースをやや長めに設定。標準マッピングのまま、サスペンションはほぼノーマル。わずかに減衰を調整しただけで「バイクが路面に吸い付くようだった。少し長めにホイールベースをとったほうが安定するし、TFシリーズの場合はハンドリングにあまり影響がない」と語った。

ステファンのJNCC参戦を支えるのは、初来日した昨年の開幕戦からずっとRG3。一手にレーシングサービスを引き受け、忙しいスケジュールの合間を縫ってマシンメンテもおこなってくれた。今回はステファンと車輌が前日夜入り、当日午前は本人達の出場するFUN GPがあったにも関わらず、完璧なサポートを展開。ZEROのサポートをしてきたことでも知られており、現JNCC最強といっても過言ではないチームである

なお、日本人最高位には成田亮。小林雅裕との長いバトルを制した形だ。表彰台では、来季こそ総合チャンピオンを狙うと公言した。

渡辺学、8度目の王座。変わらぬ強さと積み重ねの証明

一方、ステファンの背後で静かに歴史的な瞬間を迎えていたのが渡辺学だ。チャンピオンを確実に獲るために、13番手でレース序盤を立ち上がり、6位でフィニッシュ。今季は開幕戦から安定した成績を積み上げ、ポイントリーダーを守り続けてきた。「もちろんチャンピオンを獲るつもりで走ってきたので、無事に結果を出せてホッとしています。怪我やトラブルもあったけど、ふたを開けてみれば思っていたより早くチャンピオンが決まった感じですね」と、レース後の笑顔はどこか柔らかかった。

渡辺は2023年から続く3連覇を達成し、これで通算8度目のシリーズタイトル。JNCC史上最多の記録を更新し続けている。「日本で僕を超えようと思ったら8年かかる。それを思うと、こうして長く走れていることがありがたい」と語る声には、重ねてきた時間の重みが滲む。

彼がJNCCの世界に足を踏み入れたのは十数年前。きっかけは当時無敗を誇った鈴木健二だった。「エンデューロを始めたばかりの頃、ゴーグル1個しか持って行かなかった僕に健二さんが“お前バカじゃねえの?”って言ってゴーグルを貸してくれた。あの日が始まり。あれから10年以上経つけど、健二さんがいなければ今ここにはいないと思う」と、原点を懐かしむ。

渡辺自身、今や48歳を迎えるベテランだが、衰えを感じさせない走りは圧巻だ。「まだ勝ちたい気持ちはあるし、これで終わりとは思っていない。どうせなら9回目を狙って突っ走りたい」と語り、その言葉通り、来季に向けた意欲も強い。

日本の頂と世界の速さが交差した一戦

高井富士のコースは長いウッズが楽しめるだけでなく、大岩の続くガレ場や、木の根、ハイスピードなヒルクライムや、厳しいダウンヒルなどクロスカントリーの要素がすべて詰まっている。雨が降れば極端に難しくなる構成だと言えるかもしれない。ステファンは「ロッキーでマディで、すべてが少しずつ混ざっている感じでした。本当にトリッキーでテクニカルなロックセクションもあれば、すごく急な坂もあり、滑りやすい木の根や丸太も多かった。本当にやりがいのあるコースでした」と笑う。

彼がこの日の勝利で見せたのは、単なる速さではなく、状況への対応力と集中力の高さだった。レースの途中で転倒し、順位を落としても決して焦らず、ペースを刻む。再開後は一気に仕掛け、トップを奪い返す。「クロスカントリーは安定したペースだけでなく、序盤で後続とのリードを作るため、そして失敗した時に失った時間を取り戻すスプリントスピードが必要。日本のライダーも、スプリントの練習を取り入れればさらに強くなると思います」と語る言葉には、経験に裏打ちされた説得力がある。

雨、泥、そして不確実性。JNCCが生み出すドラマは、単なる“勝敗”では終わらない。ステファン・グランキストのスプリントと、渡辺学の積み重ね。ふたつの勝ち方が同じ舞台で交差した高井富士は、2025年シーズンを象徴するレースとなった。国内の頂点と、海外のトップが互いを刺激し合う構図。JNCCというステージが、いま確実に次のフェーズへ進もうとしている。