メカニックのサポートを受けられない「マラソンステージ」を終え、藤原慎也がビシャのビバークへ帰還した。ステージ9の美しい夕日と、マットのない硬い地面で明かした夜。そしてステージ10、白く柔らかい砂丘で絶叫し、6メートルの崖を飛び降りた満身創痍の2日間。日本のプライベーターは、いかにしてこの地獄を生き残ったのか。現地から届いた独白をレポートする
ステージ9、美しき夕日と激痛の夜明け
マラソンステージ初日となるステージ9(ワディ・アド・ダワシール〜ビバーク・レフュージ)は、トータル541km、SS(競技区間)418kmの行程で行われた。序盤から終盤までハイスピード区間が続く中、渓谷(キャニオン)や岩場が入り混じり、スピードの強弱が求められるリズムの取りにくいコース設定だった。
「肩の怪我のせいでゆっくりと走ってるとは言え、100km/h以上は十分に出ています。途中で1つだけナビゲーションミスをしてしまい、タイムロスしてしまいました。8分ほどだったと思います。そこは多くのライダーがミスをしていたそうです」
トップライダーですら迷う難解なルートだったが、藤原は冷静だった。「ナビゲーションに関しては難しい場面がいくつかあった日でしたが、1回のミスを除いてはうまくナビゲーションできたと思います。自分の中では、今の現状の中で精一杯頑張ってゴールを目指しました」
ゴール後は、砂丘群の中にある砂漠の大地にテントを張るマラソン・ビバークへ。片手が不自由な藤原を助けたのは、ライバルであるはずのライダーたちだった。 「今回は片手しか使えないので、周りのライダーの仲間たちみんなが僕を助けてくれました。『How do you ride?(どうやって乗ってるんだ?)』とみんなから声をかけられます。我慢して走っていると言うと、みんなリスペクトしてくれています」
砂丘に沈んでいく夕日を見ながら黄昏れる時間があり、「素晴らしく、美しかった」と藤原は語る。夜には満点の星空を見上げながらの充実したキャンプとなった。しかし、就寝時に問題が発生する。 「ビバークのテントではふかふかのマットレスがあったり、自分の服や色々なもので私の肩の状態をカバーしながら寝れるのですが、マラソンビバークにはそれがないので寝るのが大変でした。残念ながら朝起きたらとても肩が痛く、スタートの4時間前には起きてしまいました」 睡眠不足と激痛。最悪のコンディションで、藤原は最大の山場へと向かうことになった。
砂に裏切られるたびに叫んだ、山場ステージ10
翌ステージ10(ビバーク・レフュージ〜ビシャ/SS 368km)は、今大会一番の「山場」と言えるステージだった。何と言っても、約200km以上にもわたって続く砂丘群が待ち受けていたからだ。 「スタートしてすぐに砂丘が始まりました。序盤は少し固めな砂丘が何十キロと続いていきますが、中盤になるにつれ白い砂に変わっていき、とても柔らかく何人もリアタイヤが埋まっているのを見ました。私も2度埋まりましたが、すぐに復旧できました」
しかし、昨晩の硬い地面での睡眠がたたった肩に、容赦ない衝撃が襲いかかる。 「昨日のマラソンステージのキャンプのせいか、肩が朝から痛く、さらに追い打ちをかけるように柔らかい砂がとても身体を痛めつけました。ヘルメットの中で、ずっと『痛い、痛い!』と叫んでいました。柔らかいのかと思ったら硬かったり、硬いのかと思ったら柔らかかったり……砂に裏切られるたびに雄叫びを上げていました」 白い砂の海で、孤独な絶叫を上げながら藤原は走り続けた。WP(ウェイポイント)の設定も難しく、砂丘の中で戻る場面もあったが、250km地点あたりでなんとか砂丘エリアを抜け切った。
再び顔面強打、そして6メートルの崖
砂丘を越えた後はハイスピード区間となり快調に飛ばしていたが、300km地点付近の岩場で再び危機が訪れる。 「前を走っているライダーの砂煙で見えない時に、ワダチからフロントタイヤを外してしまい、拳サイズの石の上に叩きつけられてしまいました。幸いにもゴーグルが守ってくれましたが、顔面がとても痛かったです」
顔面を守ってくれたOakley
さらに328km地点。ロードブックには危険度2を示す「ダブルコーション」のマークがあった。藤原は慎重に減速して進入したが、そこには信じられない光景が待っていた。 「盛り上がった大地から、ほぼ直角に6メートルほど下る場所でした。『こんなのトリプルコーションじゃないとダメだろう』と思いながら無事に下り切りましたが、その先でドクターヘリが止まっていて、ライダーが倒れていました。おそらく飛んでしまい、骨折をしてしまったんだと思います」
この日、トップ争いでは総合首位だったダニエル・サンダース(KTM)も138km地点で左肩を痛めるクラッシュを喫している。トップライダーですら餌食になる危険な罠が張り巡らされていたのだ。 藤原の脳裏には、ステージ2での記憶が蘇っていた。 「ステージ2で私が10メートルのジャンプをして転倒し、今の状態をキープできているのは奇跡としか言いようがありません」
その後はハイスピード区間を飛ばし、藤原はなんとかビシャのビバークへ到着した。ステージ順位は66位、総合順位は51位を維持している。 「今日は怪我人もとても多かったみたいです。メディカルセンターに行くと怪我人ばかりでした」
最大の山場を超えた。残すはあと3ステージ。 「気を抜かず集中して、慎重に走り切りたいと思います。ダカールラリー全体が私の完走を目指してサポートしてくれているように感じるほど、多くの支えをいただいています。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。みんなの応援が私を守ってくれているのだと思います」
満身創痍の「サムライ」は、ゴールのヤンブーを目指し、慎重に、しかし確実に歩を進める。
王者サンダースが陥落、依然ホンダ VS KTMの様相続く
ビシャを目指すこの日のステージは、トップ争いの勢力図を一変させる波乱の一日でもあった。総合首位を独走していたダニエル・サンダース(KTM)が、SSの138km地点で激しくクラッシュ。奇しくも藤原と同じ肩を負傷し、フィニッシュラインには辿り着いたものの、総合4位(トップと17分37秒差)へと大きく後退した。残り3ステージで巻き返せる位置にはとどまっている。 代わって総合首位の座を奪ったのは、ステージ2位に入ったリッキー・ブラベック(ホンダ)だ。ステージ優勝は、かつてフランスのサンドレース「エンデューロ・ド・トゥケ」で名を馳せた砂丘のスペシャリスト、エイドリアン・ヴァン・ベバレン(ホンダ)が獲得。56秒差でルチアーノ・ベナビデス(KTM)がブラベックを追う緊迫した展開である。
■ダカール・ラリー2026 リザルト(ステージ10終了時点)
Overall Ranking(総合順位)
- R. BRABEC (HONDA) 41:35:13
- L. BENAVIDES (KTM) +0:56
- T. SCHAREINA (HONDA) +15:43
- D. SANDERS (KTM) +17:37
51. S. FUJIWARA (HONDA) +16:50:08