ダカール・ラリー2026も残すところあと1日。ステージ12はアル・ヘナキヤからヤンブーへ戻るルートだが、その中身は「最後の最後にこんなしんどいのを持ってくるか」とライダーを絶望させる過酷なものだった。延々と続く岩だらけの河川敷(ワジ)。藤原慎也を救ったのは、身体の痛みを訴える「虫の知らせ」と、8,000kmの旅路を想う涙だった
200km続く岩の川、「ふざけるな」と叫んだ朝
「いや、もう本当に『ふざけるなよ』ってめちゃくちゃ怒ってました、僕」 ゴール後のヤンブーのビバークで、藤原は開口一番そう語った。 ステージ12のSS(競技区間)は311km。その構成は冒頭の30kmほどが砂丘で、残りの約200km以上が「リバー(川)」と表記された枯れ沢だったからだ。 「枯れた川って石だらけじゃないですか。この石だらけの中を200km……狂ってますね。ずっと石がいっぱいあって、それを低速でニョニョニョニョっと越えながら走るんです」
スタート直後、川へ進入する際のわずか1メートルほどの段差で、藤原に激痛が走った。 「進入と着地の角度が悪くて、グッと身体でフロントタイヤを引っ張ってしまったんです。そのせいで肩が痛くなって。『わあ、結構痛いぞ』と思いながら走っていました」 骨折した左肩に走る激痛。今日は攻めたら危ない、という予感が藤原の脳裏をよぎった。
「虫の知らせ」が命を救う
中盤、藤原は同じくらいのペースで走るライダーと遭遇した。本来なら一瞬で追い抜ける相手だったが、藤原はあえて後ろにつくことを選んだ。「今日はちょっと、この人とずっと走っとこう」。 しかし、レーサーとしての本能が疼く。「やっぱり早く走りたい、1秒でもタイムを縮めたい」という葛藤が生まれ、藤原は追い抜こうとアクセルを開けようとした。その瞬間、奇妙なことが立て続けに起きた。
「アクセルを開け出した瞬間に、ブーツの中にトゲみたいなのが入ってきて『痛い痛い』と思って緩めたら、その直後に石にボーンと当たってリアが跳ね上がったんです。もしスピードが出ていたらヤバかった」 さらにその後も、ゴーグルの中に綿のようなゴミが入って痒くなったり、右膝に違和感が出たりと、アクセルを開けようとするたびに何かが藤原を止めた。 「これは多分、今日バッと攻めたら右膝をやるな、とか。なんか『虫の知らせ』なんかなと思って。今日はキープ・ライディングで行こうと決めました」
その判断は正しかった。ゴール手前20kmの柔らかい砂丘地帯で、前を走っていたライダーが半クラッチを使いすぎてクラッチを焼きつかせ、ストップしてしまったのだ。 「僕はクラッチをあまり使わずに乗っているんで、スーッと通り過ぎて。『ちょっと先行くよ』と合図して置いていきました」 もしあの時、無理に競り合ってペースを上げていたら、藤原もまた砂丘の餌食になっていたかもしれない。藤原は「今日は攻めてたら危なかった。虫の知らせに従って冷静に走れたのが良かった。そういうことが、レース終盤だからか何度もありました」と振り返る。
ヘルメットの中の涙
8,000kmに及ぶ長い旅路。その終わりが近づくにつれ、藤原の感情は抑えきれなくなっていた。 「こんな話したら恥ずかしいですけど、朝のリエゾンの間は結構泣いてることが多かったんです。今日の帰りのリエゾンも、ゴール手前でむちゃくちゃ涙が出てきて……『やばいやばい』って思いながら終わりました」
当初は好順位を狙っていたが、度重なる怪我により「完走」へと目標を切り替えた。しかし、それは単なるツーリングではなかった。 「1%でもスピードを上げると、死に対する確率がどんどん上がっていく。ドクターヘリで運ばれる人を見たり、毎日リタイアしていく人を見ているからこそ、恐怖と隣り合わせでした」 ステージ2での10メートルの崖落ちでは死を覚悟した。そこから奇跡的に生き延び、骨折と複視を抱えながらここまで辿り着いた。 「何かが僕を守ってくれてるっていう風に、すごい感じながら走ってます」
ついに明日は最終ステージ。ヤンブー周辺をループする105kmの短いSSを残すのみとなった。 「明日はもうパレードみたいなもんです。みんな呑気にスタートしてゴールかな。明日はもう、いっぱい噛み締めて、日本に帰りたいと思います」
トップ争いでは、リッキー・ブラベック(ホンダ)が岩場での強さを見せつけ、ステージ優勝とともに総合首位を奪還した。ここは2位のルチアーノ・ベナビデスと3分20秒差で、最終日まで勝負がもつれ込みホンダとKTMの間は緊迫状態が続く。
日本のプライベーター、藤原慎也。多くの応援と不思議な力に守られいよいよ歓喜のゴールポディウムへ向かう。
■ダカール・ラリー2026 リザルト(ステージ12終了時点) Overall Ranking(総合順位)
- R. BRABEC (HONDA) 48:08:12
- L. BENAVIDES (KTM) +03:20
- T. SCHAREINA (HONDA) +27:51
- S. HOWES (HONDA) +58:21
- D. SANDERS (KTM) +58:31
55. S. FUJIWARA (HONDA)