「明日はパレードみたいなもの」と語っていた最終日。しかし、日本のサムライ・藤原慎也は、最後まで「ネタ」に事欠かなかった。まさかの泥沼クラッシュ、カメラマンの殺到、そして独り海辺で流した涙。激闘の15日間を終え、藤原が語ったダカールの結末とは

最後の最後に「泥だらけ」

ヤンブー周辺をループする108kmの最終ステージ。「最後だし、一発やってやろう」と気合を入れた藤原は、スタートからアクセル全開で飛び出した。LINEで父の「攻めろ」というメッセージを受けとったから、というのもあるかもしれない。ライダーとして、レーサーとしての結果を残したいという欲は、最後の最後まで藤原を突き動かした。

海岸沿いのいわばウィニングランともいうべき最高のSSで 「元々海だった場所が、水が引いて半乾きになったようなエリアがあったんです。猛スピードで進入したら、バイクがドリフトして……痛めている腕ではGに耐えきれずに支えきれず、そのまま転倒しました」と藤原。しかもそこはただの砂地ではなく、泥(マッド)のセクションだった。 「バイクも顔もドロドロ。ヘルメットの顎部分に泥がシコタマ入ってきて、口を開けたら全部泥、みたいな状態です。かつてアフリカエコレースの最終日にも、ゴール手前のラックローズ(ピンクの湖)で肥溜めのようなヘドロに突っ込んだことがあって……今回はミネラルの味がしましたけど、『また俺だけドロドロかよ、何やってんだ俺は』と思いながらバイクを起こしました」

泥まみれになりながらも、藤原は複雑なナビゲーションエリアを抜け、ついにフィニッシュ地点へ到達した。その姿はあまりにも異様だった。 「ゴールに着いたら、みんな僕の顔を見て呆然としてるんです。『何があったんだ?』って。スタッフに『今の俺の顔どう?』って聞いたら、『最高にいいから、そのままインタビュー受けてこい!』と言われて(笑)」 インタビューエリアに入った瞬間、カメラマンたちが「面白いネタが来た」とばかりに殺到。藤原は自身がどうなっているかも分からないまま、フラッシュを浴び続けた。 「さすがにその状態でポディウム(表彰台)には登りたくないと言って、一度着替えに行かせてもらいました。ウェアも洗濯して、身なりを整えてからポディウムへ向かいました」

海辺の涙と、砕けた鎖骨の音

着替えを済ませ、ゴールポディウムで完走メダルを受け取った藤原。しかし、本当の感情が溢れ出したのは、その後のことだった。 「ポディウムは写真撮影とかで忙しくて、浸ってる暇がなかったんです。でも、降りてから一人で海辺にバイクを止めた時、めちゃくちゃ涙が出てきました。約8,000km走ってきたんだな、いろんなことあったな、とフラッシュバックして……」

身体は限界を超えていた。メディカルセンターは既に閉まっており、診察を受けることはできなかったが、藤原は自身の身体の異変を感じていた。 「体の中の骨がパキパキ、ピキピキ言ってるんです。鎖骨のあたりで何かが動いてる。日本に帰って診てもらったら『これはダメですよ』って言われるかもしれませんね」。

最も辛かったのは、鎖骨ではなく複視(二重に見える視覚障害)だったそうだ。「肩の痛みは我慢すればなんとかなるけど、目は我慢できない。現実的に走ることが不可能な状態だったから」。その極限状態を乗り越えての完走だった。

次なる夢へ、そして「砂の地獄から天国へ」

15日間の激闘を終えたばかりだが、藤原の視線はすでに次を見据えている。 「金銭面など難しい面があるのでなんとも言えませんが……もし可能なら、ちゃんと健全な状態でダカールにもう一度挑戦したい。それと、世界で最も過酷と言われるレースにどんどん挑戦してきたので、次は『バハ(BAJA)』に行ってみたいですね。ホンダのスカイラー・ハウズと話していて、『バハはいいぞ、フープスだらけだぞ』と勧められたので」 さらに、エルズベルグロデオやフランスのトレイフル・ロゼリアンなど、来季の欧州遠征もすでに計画中だという。

「ライダーの夢を一応、今果たしたことになると思います。ちょっと欲張っていい成績出そうとしてこんなことになっちゃいましたけど、それもレースなんで」 多くの人々に支えられ、世界中のファンからメッセージを受け取った藤原慎也。帰国の途につく彼は、最後に笑ってこう語った。 「明日は、砂の地獄から天国の日本に帰ります。腕がこんな状態なんで、一人で荷物とかも運べないんですよ。だからちょっと航空券のクラスをいいのに変えさせてもらいました。もうファーストクラスなんで(笑)。多分、超ホテル並みの席だと思います」 満身創痍の身体をシートに沈め、日本の「サムライ」によるダカール・ラリー2026は、泥と涙、そして笑顔と共に幕を閉じた。

ダカール・ラリー2026 藤原慎也 最終結果 総合55位・ラリー2クラス44位