TEAM MUSAHIその全貌
TEAM MUSASHI
株式会社ムサシが冠スポンサーとなり、AXCRへ挑むために結成された日本代表チーム。ムサシはセンサーライトや園芸製品を手がけるメーカーで、大会名も「Musashi アジアクロスカントリーラリー」。自らの名を冠した舞台に、その名を背負って挑む。ムサシ代表の岡本篤は、その狙いをこう語る。「日本のライダーが世界へ通じる道を、細くてもいいから開け続けておきたい」。異端の4人をつなぐ共通点は、ただ一つ。本気であること。
釘村 忠(42)|最速スプリンター
エンデューロ世界最高峰ISDEで、日本人ただ一人の金メダルを持つ男である。テクニックは折り紙付きで、監督も「足りないのはラリーの経験だけ」と言い切る。順当ならチーム内最速のスプリンターだ。ラリーは初挑戦だが、本人は気負わない。「まずはラリーを楽しみ、怪我せず完走して、結果的に勝つことを目指したい」。速さを持つ男が、初めての長丁場とどう向き合うか。
大津 崇博(25)|怪童
チーム最年少、ハードエンデューロ出身の怪童である。監督が17、18歳の頃から一目置いていたという、素質の塊だ。武器は若さと、それに似合わぬ冷静さ。未知のラリーに向けて本人が課すのは、自制だという。「いつものガムシャラな走りをやめて、ちゃんと落ち着いてゴールまで行けるようにしたい」。伸びしろは、4人でも随一である。
岡本 薫(57)|ザ・ベテラン
監督と19歳の頃からの付き合いという、チームの精神的支柱である。「自分にはラリーの方が向いている」と語るとおり、国内では負け知らず。合宿では唯一、全セクションを完全走破してみせた。年齢を感じさせない走りで、今年も上位を狙う。「けっこうな歳になるが、今年も上位を目指して頑張れるんだ、というところを見せたい」。ベテランの意地が、若い二人を引っ張る。
池町 佳生|監督(ダカールレジェンド)
数々の海外ラリーを渡り歩き、ダカールを完走した日本屈指のラリーストである。昨年のAXCRではチーム・個人ともに総合優勝。一区切りと思った矢先に、監督を引き受けた。狙いは、経歴のそろわない異色の3人で頂点を獲ること。合宿では"罠コマ図"を仕込み、教え子たちを容赦なく鍛えた。「ラリーは、総合的な実力が試される大人のスポーツ。その面白さを、今の日本のライダーに伝えたい」。
8月5日|マシンは、まだ箱の中だった
到着初日は、輸送の都合で本番直前にずれ込んだマシンと機材を迎えることから始まった。コンテナに積まれているのは、ライダーのマシンと、6日間を戦い抜く機材の一切である。
「5日の朝から倉庫に入れる」と連絡は来ていたが、実際に入れるかは現地で確かめるまで分からない。ラリーの現場とは、こうした一つひとつの確認の積み重ねである。整備エリアの割り当ても悩みの種だった。以前使えたホテルの一角は整備禁止になり、今年は隣接する広場の一部を確保する方向で調整が進む。マシンを見られたくないメーカー勢は、別の場所に陣取る。パドックは、まだ何も始まっていないようでいて、静かに駆け引きを始めていた。
8月6日|役者が揃い、"流儀"を耳で覚える
車検とセレモニーの会場に、日本から時間差で入った面々がようやく合流する。多くのメンバーにとって、AXCRは初めての舞台だ。その"流儀"を、経験者である池町監督が一つずつ言葉にしていく。
「朝のスタートは6時、SSは8時半」。薄暗いなかを走り出す日もある。1日の行動時間は長い日で8〜10時間に及ぶ。速さの話になると、監督の口ぶりはむしろ抑制的だ。「ペースは7割5分から8割。高めのギアでトラクションを出して、淡々と刻む」。全開で飛ばす競技ではない、と。
初参戦組が身を乗り出したのが"最初の10km"の話だった。スタート直後の10km以内が最も間違えやすく、一発目が急にややこしい。派手な難所ではなく、走り出してすぐの区間にこそ落とし穴がある。路面の読み方にも二輪ならではの知恵が要る。水たまりや沼は四輪が掘って深くなっているから、突っ込まず、四輪が必ず戻ってくる迂回路を探す。監督の言葉は終始、勇ましさよりも"きちんと帰ってくること"へ向いていた。
8月7日|明日、ここが戦場になる
朝、機材の搬入が解禁になり、残った工具やテーブルをパドックへ運び込む。マシンの仕上げは終日続いた。南国の熱で温まった車体のデカールを一気に引き剥がし、TEAM MUSASHIのオリジナルへ貼り替える。古い車体は糊残りを丁寧に落とす。テントを張り、照りつける陽と埃のなかで手を動かし続けた。
昼には監督の"講義"が入る。まず「一番大事なのは、ロードブック1ページ目のタイムスケジュールだ」。決められたマックスタイムを超えれば失格扱い。だから、時に近道で戻る判断すら要る。初日のSS1は、スタート直後から山中でコースがループし、交差する"迷路"だという。
技術屋の心をくすぐるのは、速度管理の話だ。SS内にも村中などに40〜50km/hの速度制限区間があり、これがGPSで判定される。「45km/hくらいで淡々と抜ける。全開で行けば違反を取られる」。一時停止すら、止まって左右を見たかどうかを見られる。ラリーでは、速さと同じくらい自制心が順位を分ける。オフィシャルは存外おおらかなので、順番のリストは自分の指で確かめたほうがいい。そんな現場のリアルまでが共有された。
つてで最新のコース情報も届いた。今年はとにかくトリッキーで、真っ直ぐな道が少なく、気の緩みがすぐミスコースを呼ぶ。順位はナビゲーション勝負で、最初の2〜3日である程度決まる。そこを淡々とこなせるかどうか、というわけだ。
夕方の全体ミーティングでは、翌日の段取りと、宿舎3階プールサイドに置かれた大会事務局の話が共有された。掲示板に貼り出されるスケジュールや選手の顔写真、変更告知こそが情報の正本で、毎日ここを見なければ競技にならない。ピットのテントの下では、ライダーたちが整備とステッカー貼りに手を動かす。
8月8日|開幕前夜
四輪のプレ車検が中心となるこの日、二輪側は比較的落ち着いていた。シェイクダウンでマシンの最終確認を行い、現場で作った即席ロードブックで軽いトレーニング。ダートの感触もつかんだ。明るいうちにチームの写真を残し、レジストレーションでシャツやバッグといった支給品を受け取り、会場を整えていく。夜には各国のチームが一堂に会するウェルカムパーティー。長い一週間をともに戦う顔ぶれが、初めて同じ場所に集った。
マシンは間に合い、"流儀"は耳と手に叩き込まれた。もっとも、本当の戦いはまだこれからだ。9日は車検とセレモニアルスタート。コースが牙を剥くのは、翌10日のLEG1から。速さよりも自制心が問われる6日間、約2,000km。TEAM MUSASHIのアジアクロスカントリーは、まもなく幕を開ける。