丸太やジャイアントタイヤなど、難セクションで知られるJNCC開幕戦サザンハリケーンにKOVEの450RALLYで挑むオーストラリア人がいた

丸太に惹かれて、彼はやってきた

国際色豊かなJNCCはこれまでも様々な国からライダーを迎えてきた。北米のGNCCシリーズとコラボレーションして毎年大物ゲストを呼んでいるだけでなく、日本で名を上げたい野心家や、アジア最大級のレースシリーズを走ってみたい純粋な挑戦者たちの受け皿として多くのライダーを受け入れてきた。JNCCの開幕戦、サザンハリケーンに突如やってきたオーストラリア人ライダー、ステファン・グランキストが参戦するきっかけとして語ったのは「丸太の写真をSNSで見かけて、面白そうだと思ったんだ。JNCCは前から知っていたよ」という話だった。

グランキストはオーストラリアではかなり名の知られたライダーである。父親であるペレ・グランキストはスウェーデンからシドニーに移住して1978/1979年の国内モトクロスチャンピオンに輝いたライダーで、その息子として生まれたステファン少年もモトクロスに明け暮れる生活を送ってきた。モトクロスの遠征で欧州に渡ると(その頃、熱田孝高がモトクロス世界選手権を走るのを見ていたそうで、JNCCで再会してびっくりしたそう)、次第にエンデューロやラリーなどのオフロードシーンへキャリアをチェンジ、豪ヤマハファクトリーに所属して国内のAORCに限らず、10年ほど前にはエンデューロGPにフル参戦するなどその活動は多岐に渡ってきた。昨年まではハスクバーナと契約があったそうだが、今年はフリー。契約がない年なので、自由にレースに出られるということでJNCCへ参戦しにきた。

「たまたまKOVEジャパンと繋がる縁があって、KOVE450RALLYでレースに出ることになった。クロスカントリーバイクに比べてだいぶ重いことや、大きいことはよくわかっているけれど、できるだけのことはしてみるよ」とはグランキストの弁。450RALLYは、昨年のダカールラリーを初挑戦・初完走して話題になり、今年はメイソン・クラインが乗って序盤のステージをトップ陣と混じって走ることでさらに注目を浴びたマシンである。ただし、クラインが乗っていたのはGen2と呼ばれるファクトリーバイクで、60PS以上の出力を誇る別モノのバイクだ。グランキストが乗るのは日本の排気ガス規制を通すことができる公称42PSの市販車で、最初からウインカーやテールランプが付属する日本中の道路を走ることが出来るマシン。いかに仕上がりが良く、フルカウルのバイクとして極めて軽いとは言っても、テクニカルな阪下で勝負になるのだろうか。ライダーにもマシンにも、ある種の期待と不安が交差する。

まさに「ビバーク」。グランキストを受け入れたビバーク大阪

KOVEで参戦するのは決まったが、それではバックアップ体制はどうだったのだろうか。これは高槻にあるビバーク大阪が手を上げたようだ。ビバーク大阪にはバイクショップである1Fと、用品・パーツショップである2Fと、そして簡易宿泊所である4Fが備わっていて、グランキストを迎え入れるのに最適だった。

レース3日前から大阪入りしたグランキストはビバーク大阪で働いているJECトップライダーの保坂修一に案内され、ランニングに同行したりフィジカル含め入念に準備をしたとのこと。急遽決まった参戦だったため、マシンはJNCCトップライダーの松尾英之が土曜日朝に搬送してくる段取りで、その日は一日マシンのセットアップに追われたと言う。「ほとんどテストライドする時間は無かったけど、そのかわりコースを入念に下見したよ。450RALLYでは大きなカウルが轍に引っかかってしまうんじゃないか心配だった。だから、轍が深く掘れそうなところをいかに避けて、いいラインで繋ぐかを考えたんだ。コースはとても面白そうで今から興奮してる!」とのこと。下見に同行したビバーク大阪の杉村オーナーも「ずっと見て歩いてたね。彼は凄いライダーだと思う。ちゃんとマシンをいたわって走ることを考えている、本物のプロライダーだよ」と評価している。

松尾英之のトレーラーで東京〜大阪を運搬されるKOVE 450RALLY。たくさんの人の協力があった

丸太にマディ。泣きっ面に蜂。これが2024JNCCの開幕戦だッ

ところがレース前夜からひどい雨に。まるで池のようなプラザ阪下におののくチーム、ビバーク大阪。そんな状況でKOVEを走らせていいものか、そもそもうまく走れなかったらKOVEのPRにもならないだろう……。ビバーク大阪のテントに暗雲が立ちこめる。マシンを貸し出したKOVEジャパン大塚氏も「無理そうならDNSでもかまわない」と言う。「ムリしてバイクが壊れたら大変……」とは言わないまでも、そりゃ壊れるかもしれないよな……と誰もが思っていたはずだ。グランキストは「はっきり言って、壊さない保証はできない。一番リスキーなのは、このフルカウルのバイクはマディに適していないことだ。泥がラジエターまわりに詰まってしまったら、大きなタンクが邪魔をしてまったく熱を逃がすことができなくなる。クロスカントリーバイクよりも、そういうコンディションには弱いんだよ。この雨の中、せっかく来たんだから走らせろなんて言わないよ、チームのみんなの判断に従いたい」と申し出ていた。そんな彼の背中を押したのは、ビバーク大阪からJNCCに参戦している熱田である。「そんなこと心配すること無いんだよ、楽しんで走れよ」という言葉に関係者が沸き立ち、グランキストはスタートラインに並ぶことになった。「少しでも怪しかったらDNFにするよ。どこでオーバーヒートするかわからないからね」。

ハンドルまわりをレース向けに準備。モニターはそのままで行く?

ハンドガードはビバーク大阪からRACE TECH製を提供

保坂修一がレース準備から傘までフォローした

想像以上の激走、450ラリーマシンの軽快さに度肝を抜く

いかに450ccのラリーマシンが軽そうに見えるからといって、おそらく多くの人はマシンを前にしてヘビーマディのプラザ阪下を走ろうとは思わないだろう。それなりに大きく、当然それなりに重い。類似するマシンが無いために比較のしようがないのだが、あえて言うならCRF250RALLYで走るのに似ているのだろうか。ドライ路面のプラザ阪下なら勝負になったかもしれない。いや、でも今回のJNCC開幕戦の丸太&ジャイアントタイヤは規格外に大きく、それでも難しいだろう。テネレ700でハードエンデューロをこなすことで有名なプロライダー、ポル・タレスならラリーマシンでも超えられるのだろうか……。

ジャイアントタイヤ&丸太。前輪をぶっ刺しにかかるZERO。今回の総合優勝だけあって危なげないぶっ刺し

そんなネガティブな想像は、グランキストの激走によってすべて杞憂だったことがわかった。スタートで巻きこまれないように15番手くらいで様子を見たグランキストは、事前コメント通り適切なラインを選んでグイグイ順位を上げていく。排気ガス規制をそのまま通せるエキゾーストからは、不気味なほど静かな排気音しか聞こえてこないのだが、まわりが前に進まない極悪なマディの中、スルスルとマシンを前に進めていく。大きなバンクでは豪快に泥を後方へ飛ばし、渋滞が起きるような轍の多いヒルクライムなども、ものともしていなかった。AAクラスですら時折失敗するようなセクションも、すさまじい安定感でクリアしていく。1周目は13番手だったが、5周目には6番手までジャンプアップしていたほどだ。チームメイトの熱田と競っていたが、ついには難しい上りセクションでパスするシーンも見られた。

ビバーク大阪の面々がスタートを見守る

熱田孝高を従えて崖を降りる450RALLY

さらにはジャイアントタイヤ&丸太もエスケープすることなく一発クリア。「チャレンジしてみないと行けるかわからなかったけど、バイクが想像以上に素晴らしかったからクリアできたよ」と後にグランキストは語る。ラリーバイクが上位陣で激走する姿に、次第にギャラリーも盛り上がっていき、応援の声が大きくなっていった。

AAすらミスするウッズのヒルクライムも安定していた

リタイア直後も満面の笑み!

残念ながら、レースの半分を消化した60分ほどでグランキストはマシンをストップ。「ラジエターが吹いてしまったし、水温計はマックスを指したからここでレースはおしまいにした。お世辞抜きにいいバイクで驚いたよ、軽いし、パワーも十分にある。あとサスペンションが想像以上によかったね! かなりの勢いでギャップに突っ込んでいっても大丈夫だった。泥でマシンが重くなっているから厳しい状況だったけど、しっかり耐えてくれるサスペンションだったよ。KOVEだからこの位置を走れたんだと思うよ」とコメント。そして「でも、クロスカントリーバイクで走ったらどうだろうね、5位以内には入れたんじゃないかな」とどこまでも謙虚なナイスガイであった。

水温マックス

泥に塗れた450RALLY、かっこいい!

レース後にマシンを取材してみると、450RALLYはさすがに無傷というわけにはいかなかったようだ。エンジンにダメージは無さそうで、少々のオーバーヒートならものともしないだろう。壊してもいい、という条件があったら、完走もできたのかもしれない。ダウンマフラーが丸太で少し凹んでいたが、おそらく出力には影響ない程度だと思われる。同じく車体下側のカーボン製アンダーガードは一部割れているものの、再利用可能な程度。また、サイドスタンドスイッチが故障してしまったことで、エンジンの始動が難しくなってしまっていた。グランキストほどの走れるライダーが酷いマディレースで小一時間走っても、その程度の損傷しかなかったというのは、耐久テストとしては好結果だと言えるのかも知れない。

Stefan Granquist JNCC Rd.1 interview

youtu.be

かつてJNCCには、カイ・アンダーソンというオーストラリアのライダーがスポット参戦していたことがある。たまたまグランキストと家が近いらしく仲もいいそうだが、少しずつオセアニアやアジアでJNCCの知名度があがってきて、今回のグランキストの参戦に至ったようだ。JNCCにプライベートで参戦したオーストラリアのジョシュ・ストラング(GNCCトップランカー)、昨年日高へ参戦したウィメンズのトップライダーであるジェンマ・ウィルソンなど、オーストラリアと日本の交流は年々濃厚になっている。今回グランキストがビバーク大阪に滞在したことで、同チームのサポートを受けてエルズベルグロデオに参戦する藤原慎也や、前述したJECトップライダー保坂らとの交流も生まれ、彼らはオーストラリアでのトレーニングの機会も探っているそう。グランキストも、今度はゲレンデを使ったラウンドに出てみたいとJNCCに興味津々。今後の動きに注目あれ。