ヤマハ発動機株式会社は、EICMA(ミラノショー)で次世代の電動モトクロッサー「YE-01 Racing Concept(ワイイー・ゼロワン・レーシング・コンセプト)」を発表しました。このモデルは、フランスのElectric Motion(EM)社と共同開発を進めており、今後開催予定の電動モトクロスカテゴリー「MXEP」シリーズへの参戦を目指しています

環境目標の達成へ モータースポーツで電動化技術を検証

ヤマハは2050年までにカーボンニュートラルを実現することを企業全体の目標に掲げています。製品ライフサイクル全体を通じてCO2排出を削減するために、電動化をはじめとした多様な技術開発を進めているところです。その中でも、Off1読者に親しみのあるモータースポーツを新技術の実証フィールドと位置づけ、これまでも数多くの技術革新を実現してきました。社内の人材育成プロジェクトから始まった電動トライアルマシン「TY-E」をトライアルレースの実際の現場に投入してきたこともその一環。今回のMXEP参戦は、こうした取り組みの次なるステップとなります。

Electric Motionとの協業で開発 YZ450F譲りのシャシー構成

YE-01 Racing Conceptの開発は、2024年11月に資本提携を発表したElectric Motionとの共同プロジェクトとして進められています。EMは2009年に創業したフランスのメーカーで、電動トライアルやエンデューロの分野で高い実績を持ち、FIM E-Xplorer World Cupなどでも活躍しています。

YE-01は、ヤマハとEMそれぞれの技術を融合させた電動モトクロッサーです。量産モデルのYZシリーズと同等のライディングフィールを追求し、2026年モデルのYZ450Fと共通仕様のフレームを採用しています。サスペンションはKYB製の前後ユニットを搭載し、軽量でスリムなボディとフラットなシート形状によって、ライダーが自由に動けるパッケージとしています。

液冷電動ユニットを搭載 油圧クラッチで「ヤマハらしさ」を再現

パワーユニットはモトクロス専用に開発された液冷式電動モーターを搭載し、出力はMXGPクラスに匹敵するレベルを目指しています。油圧クラッチを組み合わせることで、ガソリンエンジン車に近いトルク伝達と操作感を再現しており、バッテリーは重心最適化を意識した配置とされています。これはYZ450Fの後方排気エンジンと同様に、運動性能を最大限に引き出す設計思想によるものです。

また、複数のパワーモードやトラクションコントロールを搭載し、路面状況やライダーのスタイルに応じて出力特性を調整できるとのことです。

目標としているMXEPクラスは、FIMモトクロス世界選手権(MXGP)に併催される形で、欧州各地での開催が予定されています。YE-01はこのカテゴリーへの参戦を視野に入れ、今後はヤマハのテストライダーによる走行テストを重ねながら、データの収集と開発を進めていく予定だそうです。

編集長稲垣による補足

いよいよヤマハのEVモトクロッサーが世に姿を現し、MXEPクラスの始動によって電動化の波がいっそう現実味を帯びてきた。ホンダはすでにトレイ・カナードらによるCR ELECTRICの実戦投入を進めており、その開発意図は同社の技報(Honda R&D Technical Review
)で詳細に明かされている。Off1でもこれまでにいくつかの推測を立ててきたが、ここでその多くが明確になったため、要点を整理してみたい。

まず重量面だ。CR ELECTRICは140kg前後とも噂されたが、ホンダはバッテリー電圧を400Vに高圧化することで、インバーターやモーターまわりを小型軽量化。最終的にはICE比で約10%増に抑えたとされている。

フレームは外観上CRF450Rに酷似しているものの、パイプ断面が厚く、構造的にも変更が加えられている。キャスター角、トレール、シート高、地上最低高はCRF450Rと共通だが、フレーム断面やヘッドパイプ部の結合方法を変えることでバッテリー交換に対応。さらに剛性変化量をCRF450R比で10%以内におさめたという。ヤマハのYE-01 Racing Conceptを見ると、プレスリリースどおり基本構造はYZ450Fのフレームを踏襲しており、サブフレーム取付部を除けばほぼ同形状に見える。ただし、重量増加に対しては当然、局所的に剛性を最適化していると考えられる。

クラッチの扱いについては興味深い点だ。ホンダの技報では詳細に触れられていないが、E-Xplorer参戦車両では左手にクラッチレバーのような装置が備えられていた。Off1取材班がライダーから得たコメントでは「実際のレースではクラッチは使用していない」とのことだった。スタート時の不利を懸念する声もあったが、ホンダはEV専用のローンチコントロールを採用。低中速域で駆動力を20%抑えつつ、最高出力を25%引き上げることで、発進のトラクションと加速性能を両立させている。

一方で、ヤマハのYE-01 Racing Conceptには「油圧クラッチを搭載」と明記されている。ヤマハは2022年にトーションダンパを用いた電動パワーユニットの特許(特開2024-29797)を出願しており、これはクラッチレバーを使わずにクラッチ的な感触を再現する機構である。つまり、機械的なクラッチを操作するのではなく、ばねのねじり変形とモーター制御でトルクを蓄え、解放する“疑似クラッチ”構造だ。今回のYE-01に「油圧クラッチ」という語が使われている点から、モーター出力側に実際のクラッチ盤あるいはフライホイールが組み込まれている可能性が高い。トライアル競技でヤマハが培った「モーター出力を一度ためて解放する」思想を、モトクロッサーにどう応用するのか注目したいところだ。ホンダがトラクション制御主体で進めているのに対し、ヤマハはあえてメカニカルな手応えを残そうとしているように見える。

特開2024-29797

このカテゴリーは、現行のICEモトクロッサーを置き換える次世代分野といえる。すでにスペインのSTARK FUTURE社は「VARG」で市販化を果たし、世界的な販売好調を維持している。しかし、四輪業界では一部でEVからICEへの回帰も語られるいま、二輪の電動モトクロスがどの方向へ進むのかはまだ見通せない。単に「走る楽しさ」や「レース性能」の枠だけでは測れない、新しい価値軸が求められる段階に差しかかっているのかもしれない。