SPECIAL THANKS/モトクロスヴィレッジ

KTM
390ADVENTURE R
¥979,000(税込)
小さなKTMが持つ大きな説得力

ステルヴィオ峠とKTM 1290 ADVENTURE S
この夏、オーストリア付近のアルプス山脈で4日間にわたりKTM 1290 ADVENTURE Sを乗り倒した。難所ステルヴィオ峠を越えていく長距離の旅で、1290は過激で、すさまじく大きく、そして圧倒的に快適だった。熊本〜東京間を1日で走破した経験もあり、筆者にとって129ADVENTURE Sは超ロングツーリングバイクの決定版だ。欧州横断のようなスケールの走りではあれほど頼もしい存在はない。だが一方で、その巨体と重量は、街や狭い峠では「扱う」というより「振り回される」感覚がつきまとう。豪快だが、常に緊張を強いられる相棒でもあった。あれでコンビニに買い出しに行こうとはさらさら思えない。
その対極にあるのが、今回試乗した390 ADVENTURE Rである。

ライバルも多いが、兄弟車とも迷う
390 ADVENTURE Rは390 DUKEをベースにしたプラットフォームを用いており、同系統のエンジンとフレーム構成を持つ390 ENDURO Rとは兄弟関係にある。しかし、実際に乗ってみると、両車の性格は驚くほど異なる。ENDURO Rが「ダートで遊ぶためのスポーツバイク」だとすれば、ADVENTURE Rは「旅を前提にしたスポーツツアラー」である。どちらも軽量かつ俊敏であることに変わりはないが、ADVは全体のまとまりがさらに高く、オンロードもオフロードも含めた“総合バランス”における完成度が際立っている。
タイヤサイズ19−17インチの先代モデル390 ADVENTURE SWにも試乗したことがあるが、その時点で390ccクラスのアドベンチャーバイクとしてはすでに高評価に値する完成度を持っていた。最新型はフレーム剛性の見直し、WP APEXサスペンションの熟成、そして新エンジンLC4c(399cc単気筒)によって、動的バランスの整ったマシンへと進化しただけでなく、390 ADVENTURE “R”と歴代のアドベンチャーシリーズでよりオフロード性能に振った「R」の称号を手に入れており、タイヤサイズも21−18インチとなった。シート高は高めで若干ライダーを選ぶが、ハンドル位置とステップ位置の関係が絶妙で、自然な姿勢のまま長時間ライディングできる。390 ENDUROR Rよりも明確に「人に優しいKTM」である。
穏やかだが鋭い、390らしいエンジン特性
エンジンのキャラクターは、ENDURO Rのような低中速のはっきりしたパンチこそ抑えめだが、レスポンスの質が非常に滑らかで、扱いやすい。スロットル操作に対する反応はリニアで、回転上昇もスムーズ。400cc未満の単気筒とは思えないほど振動が少なく、街中での扱いも快適そのものである。

その穏やかさは“鈍い”のではなく、“余裕”である。高回転に入った瞬間、KTMらしい鋭さが一気に顔を出す。トップエンドの伸びは痛快で、ライダーの意識が追いつくより早くスピードが乗る。これは390 DUKEゆずりの高回転特性であり、アドベンチャーバイクでありながらスポーツマインドをしっかり残している。

ワインディングでは、この高回転の特性が楽しい。低速域ではしっとりと粘り、中速から上で軽やかに吹け上がる。スロットルを全開にしても制御しやすく、恐怖感がない。スリッパークラッチの恩恵も大きく、シフトダウン時の安定感が高い。雑に操作しても破綻しないあたり、KTMの量産車としての完成度の高さを感じさせる。390 ENDUROR Rのようにリアを振ってオフロードを遊ぶ楽しさは控えめだが、その分ツーリングペースでは疲れが少なく、どこまでも走っていける安定感がある。
サスペンションが語る“旅のための脚”
WP APEXのサスペンションは、前後200mmのストロークを確保している。ENDURO Rの230mmと比べれば短いが、それがむしろADVには合っている。長大なサスはギャップ吸収には優れるが、加減速や荷物積載時の姿勢変化が大きく、旅先では神経を使う場面もある。390 ADVENTURE Rでは、十分な動きとしっかりした減衰が共存しており、オンロードでは接地感が高く、オフロードでは柔らかく受け止める。舗装路を抜けてダートに入っても、挙動の変化が穏やかで、乗り手が構える必要がない。
特に印象的だったのは、高速巡航中の安定感である。軽量な単気筒車は通常、風圧や車体のピッチングで落ち着きに欠けるものだが、390 ADVENTURE Rはそれをほとんど感じさせない。サスの動きがフラットで、前後の荷重移動が一定している。結果としてコーナーの進入もブレーキングもスムーズに決まる。ツーリングマシンとして見れば、これほど扱いやすいモデルは珍しい。
電子制御と車体の仕上がり
電子制御は、ライドモード(STREET/OFFROAD/RAIN)とコーナリングABS、MTC(モーターサイクルトラクションコントロール)を備える。各モードの切り替えが明確で、OFFROADモードではリアABSを解除でき、MTCも停止可能。ダート走行時にはこれが非常に有効で、電子制御を活かしながらも、ライダーの感覚で操作できる余地を残している。メーターはフルTFT化され、情報量は多いが視認性は高く、ナビゲーション機能も備える。長距離ツーリングを視野に入れた装備群である。
車体剛性は前後の一体感が強く、ステアリングの入力に対して車体が自然に反応する。DUKE系プラットフォームの俊敏さをそのままに、安定性を増した印象だ。特に高速域でのヨーの収まりがよく、追い越しやワインディングでの切り返しが非常に軽い。先代よりも明らかに足まわりの完成度が上がっており、「軽さ」と「落ち着き」を両立している。

KTMのバイクは往々にして「速すぎる」ことが魅力であり、同時に弱点でもある。パフォーマンスが高すぎて、一般道では持て余すことも多い。だが390 ADVENTURE Rは、そのスポーツ性を現実的なスピードレンジに落とし込んでいる。誰にでも扱えるが、しっかり速い。これはKTMの新しい方向性を示す1台だと感じる。
1290 ADVENTURE Sが大陸を駆け抜けるための巨獣だとすれば、390 ADVENTURE Rは“手の届くKTM”である。街で、峠で、林道で、あのKTMらしい切れ味と加速感を自分の手で楽しめる。押し引きも軽く、250クラスと同様のお手軽さで、一台でなんでもこなせる懐の深さがある。欧州の旅路で感じたあのパワーの記憶を、日常の延長線上で再現できる。小さくても、魂は同じKTMだ。














