ホンダクロスカブCC110の乗り味を劇的に変化させる鍵、それはシートにある。単に座るための椅子としてではなく、バイクを操るための重要な操作系統の一部として捉え直したとき、その真価が問われるのだ。今回は、卓越した作り込みで多くのライダーから絶大な信頼を得るK&H製のクロスカブ用そら豆シート3種類(ハイ・スタンダード・ロー)を、日常の公道から非日常の林道、そしてレースという極限の状況まで、あらゆるシーンで徹底的にテストしてみた
シートは単なる椅子ではない。バイクを操るための『第二のステップ』
そもそも、シートとはバイクにとってどのような存在であるのか。もちろん、快適に座り、長距離の疲労を軽減するクッションとしての役割は基本だ。しかし、ことオフロードライディングにおいては、その役割はさらに能動的なものへと変化する。バイクとライダーの接点はハンドル、ステップ、そしてシートの3点だが、シートは内腿で車体をホールドし、積極的に荷重をかけて旋回のきっかけを作り、路面からの情報を的確に感じ取るための重要なインターフェイスとなる。つまり、ライディングポジションを決定づけ、車体の前後バランスやライダーの重心位置をも左右する、第二のステップとも言える存在なのである。オフロードバイクの場合、スタンディングが基本と習うことも多いかも知れないが、実際にはシートはとても重要な操作要素なのだ。
シート高の選択は、ライディング特性に大きな変化をもたらす。例えばハイシートは、シートとステップの距離が広がることで膝の曲がりに余裕が生まれ、窮屈さが解消される一方で、重心が高くなることによる不安定感や足つき性の悪化という側面も持ち合わせる。対してローシートは、足つきの良さが絶大な安心感に繋がる反面、膝の曲がりが窮屈になったり、クッション性が犠牲になったりする可能性がある。そして、どちらもハンドルとの関係性を変化させるものだ。これは単にハンドルが低くなる・高くなるというだけに止まらず、乗車時の動的な車体姿勢をも変化させる。ハイシートは車体姿勢を前下がりにするからフロント荷重気味になる。ローシートは後下がりになるからリア荷重気味になる。積極的にフロントへ荷重をかけたいライダーもいれば、その逆もいる。オフのライディングスタイルや、競技の種類によってもこのあたりは求められるものが変わってくる。もちろん足つき性を最優先にシートを選ぶことも一つの正解だが、単純にシートを低く、あるいは高くするだけではバイク本来のバランスが崩れてしまう可能性も認識しておくべきである。そして、これら両方の特性をバランス良く備えているのが、スタンダードハイトのシートと言えるだろう。

ミディアム
K&H
そらまめシート
¥49,500(税込)
K&Hのそら豆シートが他の製品と一線を画すのは、その独自のフォルムにある。最大の特徴は、内腿に吸い付くようにフィットする「そら豆形状」だ。これにより、本来タンクを持たないカブでありながら、腿の裏でしっかりとシートをホールドすることが可能になる。まるでニーグリップをしているかのような一体感は、加減速やコーナリング時の車体を驚くほど安定させ、ライダーの負担を大幅に軽減してくれる。さらに、シートベースから自社で開発・製造される高剛性のインジェクションスポンジは、ヨレやたわみが少なく、路面からのインフォメーションをダイレクトに伝えてくれる。これにより、バイクの挙動をリニアに感じ取りながら、より繊細な操作が可能になる。この2つは、おそらく誰しもが乗ってすぐに感じ取れる利点だと思う。
公道からレースまで。極限状態でこそ明らかになる真価
そら豆シートで実際に公道から林道へと走り出すと、そのカッチリとした剛性感と、そら豆形状がもたらすホールド性の高さはより明確になった。CT125ハンターカブよりも軽量でひらひらと軽快に走れるCC110の美点が、このシートによってさらに強調される。オフロードで多用する「シートの角に座って曲がる」といった乗り方もごく自然に決まり、リーンアウトで積極的にバイクを操る楽しさを存分に味わうことができた。余談だが、僕らOff1編集部はCT125ハンターカブとCC110クロスカブを両方テスト車両&取材車輌として所持してきたのだが、CT125は早めに手放している。ざっくり言うと、CC110はオフロードのカブ、CT125はカブでは無くカブの形をしたバイクだと思う。排気量はほんのわずかな違いだが、その格と手軽さにはかなり大きな差がある。どちらも好みがあると思うが、僕らは手軽でひらひら走れるCC110が好きだった。

林道でテスト
身長180cmの筆者にとっては、当初、ハイシートを使うと後方に体が落ちてしまうような感覚があったが、これはK&H代表の上山氏が指摘するように、CC110のハンドルポジションがライダーに近すぎることが一因であった。試しにハンドルを少し前方に倒し、ポジションをわずかに奥へ修正すると、まるでオーダーメイド品のように身体にフィットしたのには驚かされた。
※余談にはなってしまうが、上山氏は旧CC110のハンドルポストを使えばハンドル位置を前へ移動できることを確認しており、特にハイシートを使う際には流用をおすすめしている。編集部もオーダーを入れるつもり。さらに余談になるが、CC110用のZETA RACINGスペシャライズドハンドルバーは少しプルバックが抑え気味なので相性がいい
今回試乗用に用意したのはハイ・スタンダード・ローの3種類。乗り始めは快適性の面からハイシートがベストだと感じていたが、乗り込むほどにスタンダードシートの持つ奥深さに魅了されていった。スタンダードのスポンジはハイシートよりもダイレクト感があり、ヨレが少ないため、車体の動きをリニアに感じ取ることができる。スタンディングでのライディングが基本できないCC110だからこそ、シートから得られる情報の質と操作性の高さが重要になるのだ。シートとステップ間の多少の窮屈さと引き換えにしても、このダイレクト感は大きな魅力だった。もちろん、景色を楽しみながらゆったりとツーリングするような場面では、クッション性に優れるハイシートが非常に快適であり、ローシートは純正比-10mmという絶妙な高さ設定と足を下ろしやすい形状によって、信号待ちや不整地で絶大な安心感をもたらしてくれる。さらに言えば、ダイレクト感が最も強いのもローシートで、これは意外だったのだがかなり高いスポーツ性を感じた。どうしてもハンドル位置が着座位置と相対的に高くなってしまうため、本格的にローシートを使う場面があるならハンドルを低くしたいところだ。

JNCC鈴蘭ではハイシートを選択
そら豆シートの真価は、レースという極限状況でさらに明らかになった。豪雨によるマディコンディションのレース(JNCC鈴蘭)では、ハイシートを選択。元々、オフロードレースでクロスカブを乗ること自体が本来の目的から外れすぎているのでなんとも言えないのだが、公道ではありえないような深いギャップに突っ込むと、お尻が激しく跳ね上げられる。その厚いスポンジが衝撃をしっかりと吸収してくれるのだが、どんなシートでも跳ね上げられるのは変わらないだろう。そもそも、サスペンションのストロークが足りていないのだ。ハイスピードコースのエンデューロレース(JNCC田沢湖)ではスタンダードシートを装着。路面状況を的確に伝えてくれるダイレクトな感触は武器となり(一体誰と戦っているのかはわからないが…)、車体との一体感が生み出す繊細なコントロールを可能にしてくれたのである。

JNCC田沢湖では、ミディアムを選択してみた
結論として、K&Hのそら豆シートは、単なる見た目のカスタムパーツではなく、クロスカブCC110というバイクのキャラクターをより深く、より楽しく引き出すための「アップグレードパーツ」であると感じた。長距離ツーリングでの快適性を最優先するならハイシート、バイクとの一体感とダイレクトな操作感を重視するならスタンダードシート、そして何よりも足つきの安心感を求めるならローシートが最適だろう。自身のライディングスタイルに合った一枚を選ぶことで、クロスカブCC110とのバイクライフは、間違いなくもっと豊かで刺激的なものになるのである。

ハイを装着したCC110。そらまめ、というより少しぼってり感があってかわいい

テストに際して、ダートをしっかり走れるようにIRCのGP21新品に履き替えた。ただレースでちゃんと走りたいだけとも言う

CC110でJNCCのTRYクラスに出るのは、かなりおもしろいのでみんなもぜひカブでレースに出まくりましょう←一番大事なことです