LEG1 チームムサシを襲う、あまりに大きな洗礼
youtu.be8月9日|コマ図を読む作業
日中の車検は、拍子抜けするほどあっさりと終わった。見られるのはミラーやランプといった保安部品が中心で、マシンはすぐに受理される。緊張は、むしろ別のところにあった。ルートを示すコマ図の解析である。

このコマ図が、初日から容赦がなかった。1km以内の分岐が延々と続き、100mに一度はコマ図が切り替わる。しかも訂正箇所が多く、配られたままのページを信じれば確実に迷う。「もらったマップ通りじゃない。そこをしっかり頭に入れないと迷う」。岡本薫は、走る前からこの日の性質を見抜いていた。作業に追われた選手は、解析が深夜0時を回っている。翌朝のLEG1スタートは6時。仮眠すら削られる。タブレットで電子化された世界選手権やダカールラリーではもう見られない光景だが、いまなお紙ロールのコマ図はラリーの世界標準だ。

その合間に、20時、パタヤの街でセレモニアルスタートが行われた。「ネオンの中を走るのは初めてで、緊張と興奮がマックスになった。42歳にして、すごいデビューをした感じです」とは釘村忠。その言葉通り、大いにはしゃぐ釘村。華やかな一夜だった。だがその夜はコマ図を解析するまで明けない。この数日のお祭り気分から一気に競技モードへ。3人の目の光が次第に研ぎ澄まされていく。
8月10日|LEG1、ナビゲーションという名の消耗戦
舞台はパタヤからプラーチーンブリーへ。雨季の雨が路面に穴を作る。前編で池町監督が説いた「水たまりの深みには突っ込むな」という教えが、そのまま試練として突きつけられた。

釘村
最初に飲み込まれたのは、皮肉にもチーム最速の釘村だった。SS1中盤、大きな水たまりが連続する区間。「本当にお椀型みたいになっていて、深いんです。脇は浅いんですけど、その分、真ん中のRが深い」。日本の水たまりの感覚では読めない、すり鉢状のトラップだった。なるべく中央を通していたが、深さが掴めずラインを外し、変な場所に嵌まってハイサイド気味に飛んだ。
ただの転倒ではない。そこには速さゆえの理由があった。「初日トップの選手に追いついて、抜けそうだった」。淡々と刻めば避けられたかもしれない転倒を、速さが呼び込んだ。痛みはないと言ったが、手首はかかとのように腫れていた。そのまま走り続けるつもりだったが、その手首を見て池町監督が「これはもう無理だろう」と一言。釘村は「大津はどこにいったんですか?」と話題をそらすように返す。選手生活が長い池町の対応は見事だった。そのまま「大津はまだ来てないよ」とちゃんと返した上で、ゆっくり釘村に説明をしていく。「これで最終日まで持つわけない。今走ることに意味はないよ」と諭す。釘村も、心の内ではわかっていたのだろう。「あぁ、すみません」とうなだれた。レース後に釘村にモトクロス時代だったらそのままヒート2を走ったか、と聞くと「むしろラリーなら淡々と走れるかな、と思ってました」と言う。レントゲンの結果は骨折。ISDEで金メダルを掴んだテクニシャンの初アジアンラリーは、SS1で幕を閉じた。

その速さに、SS1で置いていかれた側にいたのが岡本だった。「釘村くんはスピードが全然ある。一緒に走っても、前に行くとバーッと離されていく。7、80分ペースでしょうけど」。だが、勝負を分けたのはそこから先だった。SS2、岡本はナビゲーションの地獄に足を踏み入れる。「距離が合わないし、コマ図の絵とは違うところに出る。轍を辿って進むと、その轍がまた間違いの轍で、違う場所へ連れていかれる。戻って、やり直して。それが3、4回ありました」。修正指示があってもなお現物と合わない。正解に見える轍が罠になる。これこそが、経験者たちが口を揃えた「順位はナビで決まる」の正体である。迷い、戻り、また迷いながらも、岡本は投げなかった。全身を泥に染めて走り切り、結果は二輪部門で暫定4位。派手さはない。だが、間違いの轍から戻り続けた男が、初日のチームの先頭にいた。

ナビの罠は、SSの中だけの話ではない。大津崇博は、移動区間のリエゾンでもやられている。「調子に乗っていたら、一本奥の橋を曲がってしまって。リエゾンで15分くらい無駄足を食いました」。競技区間ですらないところで15分。ナビゲーションは、一日を通して気を抜けない。そのうえ大津には、SS途中でマシンが電気系のトラブルに見舞われるという災難も重なった。エンジンは沈黙し、動かない車体を一度コースに置き、スタート地点まで自力で歩いて戻る道中では、スコールにも打たれた。それでも、この最年少ライダーは折れない。「体も無事、バイクも一応無事に帰ってきた。夜通し整備して、明日は走れます」。夜を徹してマシンを直し、コマ図を巻き直す。締めの言葉は、彼らしかった。
残り5日、旅はまだ始まったばかり
初日でチームは、最速の一角を失った。速さがあるがゆえに罠に嵌まった釘村と、速さでは劣っても迷いから戻り続けた岡本。この対照こそ、AXCRというラリーの本質を映している。速さは武器だが、それだけでは帰ってこられない。手負いのチームは傷を癒し、マシンを整え、翌日のLEG2へ向かう。約2,000km、6日間の消耗戦は、まだ始まったばかりである。














