Off1.jpでもすでに何度も記事化しているが、保坂修一(ホサカ ヨシカズ)を改めてしっかり紹介しておきたい。すでにエンデューロファンには若手のトップライダーの代表としてその名が広く知られているが、その秘めた可能性はまだまだこんなものじゃないはずだ。

はじまりは、草レース。そしてキッズスーパークロス、全日本へ

画像2: エンデューロライダーとして生きる、ということ。オフロードバイクに捧げた保坂修一の青春

ヨシカズがバイクに乗り始めたのは5歳の時。初めてのバイクはPW50。本人が「乗ってみたい」と言ったことがキッカケだった。コースやイベントで乗ってるうちに子供達だけのレースがあることを知り、ヒーローズやキッズスーパークロスに出場するようになっていったという。

初レースは2006年、狸穴の草レース。「まっすぐ竹やぶに突っ込んで行ったんですよ」と父・一洋さんは笑いながら話す。

この時に与えられたゼッケン35はとても大切な思い出の数字。エンデューロIAに昇格した年、偶然与えられた35番のゼッケンに、運命を感じたという。

一洋さんは当時、XLRバハに乗っていた。ヨシカズがモトクロスを始めたので、XLRバハを売り、代わりにXR100を購入したが、結局ほとんど乗らずに手放してしまったという。

「僕がXLRバハに乗っていたのを見て、本人がバイク乗ってみたいって言うから、ウエストウッドに見に行って「どうする?」って聞くとはっきり欲しいと言わないんです。当時はあんまり自己主張の強い子じゃなかったんですよね。だから「乗る気があるなら、買ってやる。買えば乗れるんだぞ」って言ったら「じゃあ乗る」って」と一洋さん。

対してヨシカズは「自分ではもうあんまり記憶がないんですけど、確かポケバイとPW50で悩んで、PW50を選んだと思います。あの時ポケバイを選んでいたら、今の自分はないかもしれませんね」

画像3: エンデューロライダーとして生きる、ということ。オフロードバイクに捧げた保坂修一の青春

ヨシカズがキッズスーパークロスで一緒に走っていたメンバーは、鴨田翔、富岡寿弥、瀬川開生など…。東西対決のレースでは、いまAMA SXで活躍している下田丈と一緒にレースを走ったこともある。

「当時はあまりバチバチのライバルという認識はなくて、仲がいいライダーと一緒に速くなれたらいいな、と思っていました。でもレース場のピリピリした空気は好きでしたね。実は僕は65〜85で伸び悩んでいた時期があって、この頃は妹の明日那(アスナ)にすごく才能があって、保坂家のバイク活動はアスナが中心になっていたんです。僕も薄々、センス的には妹の方が上だなっていうのは気づいていました。ちょうどそんな時に、JNCCに出会ったんです」とヨシカズ。

画像4: エンデューロライダーとして生きる、ということ。オフロードバイクに捧げた保坂修一の青春

ヨシカズには2人の妹がいて、長女のアスナと次女のヒカリ。二人とも兄の影響でエンデューロライダーになった。

「アスナは勝気な性格で、僕に対してもズバズバと厳しいことを言うので、レースで失敗した時なんかはけっこう怖い存在でした(笑)。ヒカリはとても可愛いです」とヨシカズ。

一洋さんに当時の話を聞くと「2014年に一回だけ全日本モトクロス選手権にも出たんですよ。そのときは手を骨折してしまっていて、痛み止めを飲んで、ダメならリタイヤするっていう条件付きで出場を許したんですけど、全然ダメでした。そのときはJNCCとモトクロスと両方出ていたんですけど、50→65→85とバイクが大きくなるにつれて費用的な負担が大きくなってきて、どっちかに絞ろうと思っていた時に本人が「長時間走るレースの方が、自分には合っている」と言ったんです」

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