
2027年型CRF450Rは、音量規制と戦いながら最高出力を10.3%アップ
名阪スポーツランドでホンダの2027年型CRF450R/CRF450RXの新製品説明会があり、その前に開発メンバーへの個別取材の時間をもらえた。用意していったテーマは一点だけ、まだモトクロッサーは進化していくのか。
エンジン設計の担当星野氏は、こう始めた。

以下、写真/井上演
「軽量化以外のところで言うと、やっぱり出力を出したい。最高出力をもっともっと上げたいんです。回したいというよりも最高出力ですね。回転馬力を稼ごうとは思っていなくて、元になるトルクを上げていこうと。最大トルクを上げれば、いま言ったものは獲得できると思うんですけど、それで低回転域のトルクを失っていいかというと、そうではないんですね。我々が近年評価されてきたポイントは、低回転から中回転域のトルクの厚さだと思っているので、そこを失うのは進化だと思っていない。それを保った上で最高出力を上げる、じゃあそのためにはどういうスペックが必要なのか、というアプローチを取ります」
2026年に、450の開発者がこう言う。上げ幅も尋常ではない。最高出力で10.3%、最大トルクで3.7%。20年以上煮詰めてきたカテゴリーで、一世代につき10.3%である。
この10.3%がどういう条件下の数字なのか、先に押さえておきたい。
ホンダの音量規制への対応は、2027年型ではなく2025年型で終わっていると言う。FIMの規則が変わったのが2025年で、各社が慌てて対応に追われたのは記憶に新しい。マフラーの構造を変えてなんとか音を落とす、そのぶんパワーが出ない、という話をあちこちで聞いた。万年ビギナーである筆者ですら250に乗ってパワーがなくなったなと思ったくらいだから、現場は相当苦労したはずだ。

LPL代行鈴木氏の回答は、規制がまだ現役の敵であることを認めるものだった。
「同じように苦労はしています。出力が上がったり構造が変わってきたときに、シンプルにマフラーを伸ばせば音は下げられるんですけど、伸ばしたくもない。常に音量規制と戦っている状態は未だに続いています」
2021年に合志技研のマフラー開発を取材したときも、112dBを基準に作っている、音を1dBでも上げればパワーは全然出る、という話を聞いた。上限が決まっている以上、出力はマフラー以外のところで稼ぐしかない。
他社についてはどう見ているのだろうか。
「モトクロッサーの高出力化は、各々のメーカーでまだ続いています。レースの現場を見ても、もっと強くなっていく状況です。ただ450は、扱いやすさとの両立に各社とも苦労してきていて僕たちも同じです。ハンドリングの領域で言えば、乗り心地と安定性をどう両立させるか。他社さんもその両立をどう詰めるかというところに苦心しているな、というのは見ていて分かります」
450でもまだパワーなのか。そうですね、と野口氏は言う。ユーザーの側を見てもまだまだだ、とも。もちろんパワーがあった方が勝てるという単純な話ではない。
「扱えるパワーですね。ライダーがスロットルで要求した分を、要求した通りに出してくれる。さらに言えばユーザー側からそういう要求が出てくるということは、受け止める車体も良くなっているということだと思います。乗っていて、これ以上パワーを出されても扱えない、といわれていたと思いますが、そこに車体の進化が伴ってきて、この車体ならもっとあっても扱える、乗れる、ということも含まれているんじゃないかなと」
出力を上げるために車体を進化させ、車体が進化したから出力をもう一段上げられる。この往復が20年以上続いて、いまも止まっていない。
97mmは、大きいバルブを入れるためだった
では、構造のどこで上げたのか。
ボアは96mmから97mmに広がり、ストロークは短くなっている。ショートストローク化で高回転に振ったのだろうと僕は思っていたが、順序が逆だった。星野氏はこう説明する。
「セオリーとしては、圧縮比は上げれば上げるほどパワーが出ます。ただ、市販のハイオクガソリンでは圧縮比の限界があるので、途中から伸びしろは少なくなる。それに加えて、これまでは圧縮比を上げることで、乗りにくくなる、コントロールしにくくなるというところもありました。ただ、圧縮比を上げても乗りやすさは維持できる、上げられるということが、テストの中でいろいろ明らかになってきたんですよ。 それからボアを広げたのは、ショートストロークにしたくて、つまり高回転まで回したくて広げたわけではなくて、パワーを出すためにバルブを大きくしたかったんです。必要なバルブ径を入れられるボアの最適解が、96ではなくて97だったということです」

吸気バルブは38mmから40mmへ、排気バルブは31mmから32mmへ。バルブを大きくすれば最高出力は間違いなく上がるが、そのぶんの面積がボアに要る。だから97mmになり、ストロークはその結果として短くなった。順序を取り違えると、このエンジンの狙いを読み間違える。
ではバルブはどこまで大きくできるのか。
「バルブだけで言えば、まだ上げられます。ただ、そうすると自ずとボアも大きくなる、ショートストロークになってトルクが稼ぎにくくなる。バランスのいいところがあって、一番大きければいいというものでもない」
2019年の全日本の会場でヤマハのエンジン担当に吸排気バルブの話を聞いたときも、出力を出すことには決め手があるが、扱いやすさを求めると答えが変わってくる、と言っていた。メーカーが違っても、バルブ径の答えは出力だけでは決まらない。
いま97mmが最適解だというだけで、広げた方がいいと判断すれば、この先まだ上げられる。圧縮比13.75も同じで、技術の上限ではない。ガソリンスタンドで買える燃料と、扱いやすさとの折り合いの位置に置いてあるだけ。いや、今でもレースガスを使えば許容する圧縮比はまだ上がるから、その折り合いの位置は変わる。フルチューンされたファクトリーバイクが前提のAMAでは、また違った世界が広がっている。

ここは取材の後、メールで追加の質問をした。圧縮比が高いとパワフルになりレスポンスは上がるが扱いづらくなる、というのが僕らがこれまで積み上げてきたインプレの常識である。XCやエンデューロのバイクを作るときにいちばん問題になるのがMX由来の圧縮比の高さで、MXをベースにしていないBetaが低圧縮で非常に扱いやすい4ストを作っているのがその証拠だと僕は思っている。2ストの話になるが、ヤマハ側は圧縮を下げた方が乗りやすくなる、最近のエンジンはどんどん圧縮を上げているが乗りやすさで言えばそこまでやらなくてもいい、と説明していた。日本のMXベースのXC車は、それをバルブ周りやマッピングで押さえ込んでいる。圧縮比を上げても乗りやすさを維持できるなら、この話がひっくり返る。
圧縮比を上げると、特に低回転域でストール耐性がなくなるのではないか。
「はい。しかし2026年型から2027年型において、ストール耐性は悪化させていません」
維持できるようになったのは、何か新しいブレイクスルーがあったからなのか。
「何か画期的な手法で対応できたわけではありません。仮に圧縮比アップ、それだけを2026年型のエンジンに投入したら、当然コントロール性は悪化します。しかし、2027年型ではコントロール性は悪くなっていません。コントロール性は向上しています。こんな言い方をすると少しズルいですが、コントロール性はエンジン部品だけでは語れないので、完成車パッケージとして対処できたと思っています。クランクの慣性マス変更、カム、ポート、吸排気、そしてトラクションの良い車体、それぞれがそれに貢献できていると思います」
そもそも圧縮比が高いことでの乗りづらさとは、何なのか。
「ストール耐性の他には、スロットル操作に対する急な出力変化、単位時間に対するエンジン回転数変化量の増大があると考えております」
僕ら初中級レベルが思う扱いやすさとは、種類が違うのかもしれない。そう書き添えたのだが、星野氏は同じだと言う。
「いや、同じだと考えております。トップライダーが乗りやすい、扱いやすいと感じるマシンは、どのレベルのライダーが乗っても扱いやすいと思います。トップライダーと一般ライダーが感じることは基本的には同じ。ただ、トップライダーはその感覚センサーが尋常じゃないくらい敏感なのだと私は考えております」
画期的な手法はない、と本人が言う。圧縮比だけを上げれば乗りにくくなる。それをクランクの慣性マスから車体のトラクションまで含めた完成車のパッケージで打ち消している。エンジン単体では語れない、という言葉が、ここでもう一度出てくる。
大きいバルブを入れられた背景には、動弁系の変更がある。ユニカムのロッカーアームシャフトは、これまで吸気側と排気側にそれぞれ1本ずつあったものを1本に統合した。狙いは動弁系の剛性を確保したまま軽くすることだが、右側の1本がなくなったぶん吸気ポートの設定自由度が上がっている。そこでダウンドラフトの角度をさらに立て、ポートを短くした。

吸気側では、エアボックスも大きく変わっている。2017年型でダウンドラフト化したときに吸気の通り方は一度変わり、そこから細かい調整を重ねて整ったはずだった。それがまた変わったのは、まだ分析するものがたくさんあったからだという。
「吸って燃やして吐く、この三つはどれが欠けてもだめです。全部のバランスが大事で、しっかり燃やせるエンジンがあっても、しっかり吸えるボックスがなければだめなんです。それにエンジン単体で作ればいいというものではないので。エンジンだけならレイアウトはどうであってもいいんですよ。でも車体との兼ね合いがありますし、足もありますし、トータルのパッケージで検討する。吸気系も含めて全部そうなんですけど、エンジンだけを良くすればいいという考えではないので」
車体のアップデートによってレイアウト上そこは通せない、という制約が外れる。車体から全部手を入れたことで、吸気効率まで上がった。
クランクシャフトは、いわゆる錨型から丸型になった。錨型はレーサーの象徴のようなもので、他社を見てもそれが主流である。しかもホンダ自身、2017年に錨型を採用したときは、こちらの方がフリクションが少ないと説明していた。その説明を10年で裏返したことになる。
「クランクにも結構トレンドがあって。設計思想や狙いによって変わってくるんです。いま現在の我々の考えとしては、丸にして剛性を確保して、なおかつ肉をいっぱい抜いて軽くするのがベストだろうと。出力を出したい、なおかつ軽くしたい。この二つで答えを出します」
この10年で大きな発見はあったのか。空気の渦が実はここで見つかった、というようなドラスティックな話はないのか。
「これで劇的に上がりました、というものはなかなかないですね。エンジン設計もそうですし、性能を合わせるメンバーも、動力のメンバーもそうですし、それぞれが努力して、どこかで思いがけないものを見つけている、ということはありますが」
10.3%は、ひらめきから生まれたものではないのだ。
世界初のスリッパークラッチは、ゴムを潰して力を逃がす
説明会のプレゼンで、ホンダが「皆さんの関心のポイント」と前置きして紹介したのがクラッチだ。量産車では世界初という、ゴムダンパーの変形を使ったスリッパークラッチが入った。
スリッパークラッチは、シフトダウンやエンジンブレーキで後輪側からエンジンを回そうとする力、つまりバックトルクが入ったときに、クラッチをわずかに滑らせて逃がす仕組みだ。バックトルクがかかったままギャップに入るとリアが跳ね上げられるなど、コントロール性を落とす要因になる。これまでのスリッパークラッチはカム式で、金属の斜面同士の当たりを使ってプレッシャープレートを持ち上げていた。新型は、そこにゴムを使う。
バックトルクが入ると、ゴムダンパーが押し潰される。潰されたゴムは逃げ場を探して、わざと空けてあるすき間へはみ出そうとする。そのすき間にはピストンが置いてあり、はみ出したゴムがピストンを押す。押されたピストンがプレッシャープレートを少し持ち上げ、押しつけが緩んだぶんだけクラッチが滑る。ゴムは潰せば横にはみ出す。誰でも知っているその性質を、そのまま力の向きを変える仕掛けに使っているのだ。
広報資料や海外の情報を読んだ段階では、なぜゴムでそんなことができるのか、正直まったく分からなかった。説明を聞いて驚いた。シンプルで合理的で、コストもかかりにくい。こういう解き方には、素直に好感を持った。
発想の出どころは、カム式の困りごとだったと星野氏は言う。
「既存のカム式だと、バックトルクがかかったときに、クラッチレバーにその反動が伝わるんです。あれが好きな人はあんまりいないと思うんですけど、そこをどうにかできないか、というところから考えていたのがあの機構です」
新しい機構では、レバーへの反動がほとんど出ない。
「まったく動かないです。気づかないくらい。物理的にどうかまでは確かめていないので確実なことは言えないですけど、乗っていて気づくことは確実にないです」
クラッチスプリングがダイヤフラム式に変わったことで、この形が成立した。
「クラッチセンターの内部にあの構造を詰めるので、これまでのようなクラッチスプリングがいると、あれができないんです。ダイヤフラムにすれば、あそこが全部空洞として空くので」
ダイヤフラムでなければ、ゴムとピストンを収める場所がない。ダイヤフラム化は、このスリッパーを入れるための必然だった。
スリッパークラッチは10年以上前、全日本で一時期流行った。モタードが盛り上がっていたのと同時期で、スライドするためのデバイスとしても有用であった。HRC車にも付いていたはずだが、みんな割と早く外してしまい、それからは半クラッチを当ててそれまでどおりバックトルクを手で逃がすのが当たり前になったようだった。それが急に、標準で付いてきた。狙いはライダーの負担を減らすこと、具体的にはブレーキング中のピッチングを抑えることだという。
「アメリカの試乗会で、我々もスリッパーの効き方にすごく興味があるので、どうですかと聞いて回ったんですが、返ってくるのは“全然気にならない”なんです。たぶん自然に作動しているからだと思います。別に目立たせたかったわけではないので、そういうコメントが出てくるのはすごくポジティブだと受け止めています。結果的に、ブレーキング中のピッチングが減っているというコメントにもつながっています」
乗った人が感じるのは、何かが違うというより「このバイク、跳ねないな」くらいかもしれない、とも言う。世界初の機構を入れて、評価が「気にならない」。乗り手に気づかせないことを、正解にしている。
10年前は、1割軽くするなど無理だと思っていた
今回は車体全体で4kg、エンジン単体で2.7kg軽くなった。まだ軽くなるのだろうか。
「軽くなる要素はあると思います。完成車として、市販車としてはもうやりきった。ただ、この先いろんな進化があると思うので、そこの余裕はまだあるだろうなと。いま何か考えがあるわけではないんですけど、2017年のときも結局やりきっているんですよ。あのときは、1割軽くするなんて絶対無理だと思われていました。それが10年後にはできる。検討を重ねていけば、まだいけるのかもしれない。出力の面でもそうですし、材料の進化というところもあるかもしれない」
旧モデルのエンジンの基本設計は、2017年型まで遡る。10年のあいだ、細かいところは変わりながらも基本設計は同じで、そのあいだずっとテストとワークスでの実戦が積み重なっていた。当時やりたくてできなかったことがあり、10年分の知見が溜まり、それを全部使って一から設計したのが今回である。つまり同じチームが、10年前には絶対無理だと判断していた水準を、いま実現している。
10年前の記憶とは、ちょうど逆の話でもある。2017年型が出たとき、試乗したライダーに話を聞いたことがある。寝かせた車体を起こすと16年型より重く感じたこと、高出力化でエンジンが大きくなったらしいこと、16年型のように2年オーバーホールなしでは乗れないかもしれないので、1年様子見するつもりだということを話していた。2017年型の発表資料を見ると、フィンガーフォロワーロッカーアームとピストンピンにDLC(ダイヤモンドライクカーボン)処理を施し、オイルジェットノズルの数も増やしている。ホンダの説明では狙いは摺動抵抗の低減だが、パワーを出したぶんの耐久性のデメリットを、こうした表面処理でカバーしていたとも読める。
しかも軽量化の中身は、マージンを削ったものではない。
「マージンを食いつぶしてしまったとか、ここはもう少し強度を低くしてもいいんじゃないかとか、そういう考えは一切していないです。テストの結果から言うと、耐久性は同等以上を確保しています。材料を変えるのも一つの手で、それをやっているのがシフトドラムですね。材料を変えて、これだけ薄くしても耐久性を確保するというアプローチを取った部分もあります。ただそれが全部ではなくて、同じ素材のまま、システムや形状の工夫で同等以上の耐久性を確保している部分がほとんどです。材料を変えて軽量化を狙った部分の方が少ないですよ」
軽くする起点は鉄にある。金属をたくさん使っている部品のうち、いちばん重いのがそれだからだ。
「重くしたくて、補強したくて作っているエンジンなんて、このカテゴリーに関しては各社ないと思うんです。じゃあどこを一番軽くするのがいいのかと考えると、一番重いのは鉄なので、鉄から軽くしていく。軸、ミッション周り、クランク周りを軽くしていって、それに適したガワを作っていくということですね」
エンジンが小さくなったのは、外側を詰めたからではない。軸を軽くして配置を詰めていったら、ケースが小さくなった。既存のエンジンをベースにしてはおらずゼロベースだ、と星野氏は言い切る。
熱については、今回とくに手を入れていないそうだ。小さくして、圧縮を上げて、出力を上げたのだから厳しくなっているはずだと思って聞いたが、ラジエーターは変えていて出力アップに適した諸元にはしてあるものの、旧モデルに対してそこを重点的にやったわけではないという。相応以上は確保している、という水準にとどまる。先行開発モデルとしてMXGPを走ったハーリングスの車両に氷が積まれていたのがSNSでは話題にあがっていたが、限られたコースで熱的に厳しい場面はあるが、あの車両に決定的な問題があってそうなったわけではない、という説明で、そこから先へは踏み込めなかった。
2021年型でフレームはドラスティックに変化した
車体側で、いちばん驚いた答えがある。野口氏が語った、フレーム剛性の変遷である。
「剛性が高すぎるという時代も結構あったんです。CRFでいくと21年でかなり重量が軽くなりました。それまでは鉄からアルミにしたこともあって、強度を確保しようとするとどうしても剛性が上がってしまった。そこから年々、解析の技術も上がっていって、21年で初めて、重量もすごく軽くなったし強度も問題ないというところまで達成できた。そうすると今度は初めて、剛性が少し足りないんじゃないかという領域に入って、そこから調整しているという段階です」

つまり2021年型までは、今の分析で見ればトゥーマッチだったことになる。たしかに2021モデルでは目に見えてフレームが細くなったklとが記憶に新しい。どこまで強度を落とせるか、というよりも強度をしっかり確保することが前提だった。そう思います、と野口氏も認める。
2020年秋のCRF250Lの技術説明会で開発陣の杉山氏に聞いたときは、CRシリーズは横剛性とねじれ剛性を落とす方向で手当てしてきた、という説明だった。アルミはどうしても硬く感じるうえ、コーナーで倒しにくいイメージがつくからだという。ただ、フレームを柔らかくする方向に振っても、完成車が柔らかく感じられるとは限らなかった。2021年型を取材したとき、RXはネック周りの柔らかさが第一印象に挙がったが、翌日に乗ったRはまるで別のバイクのように硬く、辻健次郎選手もかなり硬いと評していた。
必要なところに必要な剛性を与えないと、適正には作動しない。上げすぎていたところから適正へ戻す作業が、2021年以降ずっと続いている。
他社はこの数年、剛性を落とす側に動いてきた。2018年のヤマハの試乗会では、硬くてシャープだったYZが一般寄りになった、ファクトリーも海外も落としていく方向だ、という話が出ていたし、KTMは新型フレームがAMAで硬すぎると言われ、1年で手を入れている。ヤマハは2026年型のYZ450Fでも、メインフレームの剛性を下げ、吸収性を上げる方向を選んだ。2027年型のCRF450Rはヘッドパイプ周りの肉厚と外径を増やし、剛性を上げている。
ではまだ分かっていない部分は残っているのか。
「私たちもトライアンドエラーで、日々いろんなものを発見していってるんですよ」
未だに伸びしろはたくさんある、という理解でいいのか。はい、と野口氏は言う。
出力を10%上げられたのも、1割の軽量化ができたのも、材料や設備が変わったからではない。見える範囲が広がったからだ。そして見える範囲は、いまも広がっている。だから星野氏の「余裕はまだあるだろう」という言い方になる。
サスペンションに、ゴールはない
前後のサスペンションは引き続きSHOWA製で、2025年型でフリクションの考え方を大きく変えた。それでも完璧ではなかった、と鈴木氏は言う。
「25年で結構大きく変えたんですけど、やはり25年でまだ完璧ではない。今も完璧ではないし、ゴールはないと思っています。27年でも全世界でサスは開発していますので、その最新のものを取り入れました」
フリクションは下げれば下げるほどいい、という時代はもう過ぎている。2020年にショーワを取材したときすでに、ファクトリーでは少し引っかかりがあった方がいいと言われ始めていて、まず下げる技術がなければコントロールもできない、とショーワの担当者は話していた。フリクションをただ下げるのではなく、適正に与える。その対象はインナーチューブの摺動部だけではない。
「全箇所です。サスはスプリングもシリンダーと接していますし、バルブもありますし、シールも接していますし、メカ的なところはあらゆる部分が常に動いています。減衰もあります。そこが全てバランスを取れていて、かつ横力、剛性も入ってくるんですよね。そのうえで外部入力が入ったときに予期せぬ挙動を一切出さない。本当に終わりがない世界だと思っていますが、そこを完璧を目指してやり続けています」

今回はオイルも変えた。四輪のオイルなのだそうだ。
「技術要素として、ここまで激しく、かつ人の手に直接伝わるものはないと思っています。本当に世界最高クラスだと。当然ダカールや四輪の技術要素もあって、今回オイルが変わっているんですけど、これは四輪のオイルです。基本は粘度特性やフリクション特性なんですが、私たちが今回この完成車で一番大切にしているのは安定性、一様性、信頼できる挙動です。乗り続けた後の変化もありますし、ピストンスピードの差でも変わりますし、横力が入ったときにフリクション特性が変わることもある。そういった特性差が一番小さくて、人が変化を感じにくい一様な特性になる。総合力が一番高かったオイルが、今回のオイルです」
結果として、減衰は全域に付いた。
「今回は減衰を全体的に、特に低中速域、動き出しのところにも付けつつ、高速側も全域で付けています。ただ、乗っていただくと分かると思うんですけど、硬さみたいなものをほとんど感じないはずです。硬くするとハーシュなところが出るので、そこをいかに感じさせずに、でも減衰感は常に感じて人を助けてあげられるか。エンジンと同じ話ですけど、全部ゼロから見直す。ここだけやればいい、という話にはならないんです」
フォークの径は48mmで、いまは各社がここに落ち着いている。ファクトリーバイクが50mmを使っていた時代もあった。2020年にショーワで聞いたときは、トレンドは49mmで、WPはもっと太いものも使っている、という話だった。太くすれば曲げに強くなり、中の部屋も広く取れて減衰でも有利になるが、そのぶん重くなり、シールとメタルの接触面が増えてフリクションも増える。黄金比が出たということか。
「今は、です。10年後はどうか分かりません。エンジンの変化、フレームボディの変化に合わせて、当然サスペンションも変わるべきなので、答えも変わってきます」
70kgのモトクロッサーには、乗ってみたい
軽さは絶対か。自らIAライダーでもあった鈴木氏は即答する。
「絶対にいいと思います。モトクロスは常にギャップやジャンプを意識して走るんですけど、一人で走っている分には車重はそこまで気にならないんですね。ただ、人と走って急にラインを切り替えたり、急に振られたりしたときには、質量が軽い方が得になる。ただ、バランスがものすごく大事で、どこかだけが軽いというのは絶対にだめです」
僕は万年ビギナーなので、ある程度重さのあるバイクの方が落ち着いて乗れることが多い。弾かれにくいのだ。STARK VARGに乗ったときも、硬めのサスペンションに重い車重という組み合わせは、実は初心者にやさしいと感じた。重さがサスペンションを押さえつけてタイヤに荷重をかけ、減衰を超えて戻ってこようとする動きも抑えてくれる。重さは必ずしも悪ではないのではないか、と振ってみる。
「そういう見方もできるなとは思います。今回で言うと車重は軽くしていますけど、ディメンションは安定性方向に寄せています。軽いと不安定になりやすいかもしれないですけど、そこはそっちで補っています。ライダーの入力に対して不意に動いたり、タイヤやサスペンションに外力が入ったときにバイクが動くスピードは、速くない方がいいですね」
軽くなるほど、そこを落ち着かせないとライダーが対応できなくなる。どこかには限界がある、とも言う。極端な話、70kgのモトクロッサーができたと言われたら、僕は戸惑う。鈴木氏は違う。
「乗ってはみたいですよね。本当に自由自在に扱えるものになるかもしれません」
電動でバッテリーが小さく軽くなれば、70kgの車両は今でも作れる。戸惑うのは僕の側で、開発者はその先を見ている。
転換点は、レギュレーションにあるのかもしれない
では、モトクロッサーがドラスティックに変わる転換点は、この先あるのか。
オートバイの世界でこの10年に起きた性能進化には、電子制御が大きく効いている。MotoGPを見れば分かる。IMUによるセンシング技術が進み、それに対応したトラクションコントロールなどの電子制御、あるいはF1由来の空力理論が後ろで支えているから、人間の手には扱いきれないレベルまでエンジンを尖らせることができる。出力は機械で上げて、乗れるかどうかは制御に任せる。電子制御でサスペンションが縮む世界も同じで、機械の側は思い切った設計をして、制御の側で整える構図に見える。

モトクロッサーには、この構図がない。ライダーの入力を機械仕掛けのワイヤーで受けてスロットルバルブを動かしているし、トラクションコントロールも、電子制御サスもない。解析の能力は相当上がって細かいところは作れるようになったが、根本が変わったわけではない。電子制御は基本的に変わっていない、とホンダの開発陣も言う。つまりモトクロッサーでは、尖らせたエンジンを後から制御でなだめる、という手が使えない。
「メーカーの掛け合いによってレギュレーションが変わったら、大きく変化するかもしれません。その一つの例がスロットル・バイ・ワイヤですし、走行しながらセンシングしてフィードバックするとか、そういった制御がOKになれば、世界は変わります」
モトクロスでは競技規則で禁じられているので次に来る技術、という話ではないのだが開発チーム自身、その禁止を否定的には見ていない。ライダー出身の鈴木氏も言う。

「電子制御を細かく禁止しているのは、やっぱり人の操作という面白さを残すためじゃないかな、と個人的には感じています。競技として、見てくれる人がいてのレースですし、乗って楽しいバイクだし、そこがスポイルされてしまうものに対してはレギュレーションができてくるのかなと。僕はそう思うんですけど、これが変わったら世界は変わります」
星野氏も後日のメールで、圧縮比を上げたときのネガはTBWが登場すれば大抵一発で解決するのかもしれない、ただ乗り味は気持ち悪いだろう、と書いてきた。技術としては手の届くところにあるためにエンジニアとして興味深く観察しているように思える。
モトクロッサーには、規則の中で封じられている進化がいくつもある。だからオフロードの先進性は、別のカテゴリーで先に進んでいることが珍しくない。よりマニアックなダカールラリーのファクトリーマシンに、モトクロッサーより圧倒的に先進的な技術が投入されているのは、いまに始まった話ではない。規則の中で研ぎ澄まされていく道具そのものの美しさは確かにあるし、スポーツの道具である以上、その方がピュアだと僕も思う。鈴木氏の言う、人の操作という面白さを残すためのレギュレーション、というのはそういうことだ。
ただ、いちモトクロッサーファンとして、現代の技術を総動員したらどうなるのか、という興味はある。とくにTBWが効くのか効かないのか。TBWはただの電子スロットルに聞こえる。しかし実際には、人間とマシンの接点に割って入るものだ。右手の動きとスロットルバルブのあいだに、制御が挟まる。根底を覆す技術であり、言い方を変えれば、人間とマシンの接点を切り離す技術でもある。
モトクロッサーという器の形はレギュレーションが決めている。メーカーはその枠の中で競い、枠が動かないかぎりバイクの形も大きくは変わらない。ただ、その枠の中で、ホンダが10%も出力を上げてきたという事実もある。
どう進化させていきたいか、という問いに鈴木氏はこう答えた。

「もっと誰が乗っても速く走れて、安全に楽しめるバイクは、まだ作れるんじゃないかなと思います。間違いなく20年前の450よりはそうなっていると自分は思っていますし、これから先もさらに、誰が乗っても速く走れて楽しめるものになっていくはずですよ」









