全日本モトクロスにレディスクラスが創設されたのは2000年のこと。それから20年が経とうとしているが、まだ数えられるほどしかチャンピオンを排出していない。それというのも、初代チャンピオン鈴木沙耶が2000年から2007年まで8年連続チャンピオンを獲得し、2代目の益春菜も2008年から2011年まで4年連続チャンピオン。それから中野(邵)洋子(2012、2013、2016)、竹内優菜(2014、2017)、安原さや(2015)、畑尾樹璃(2018)、本田七海(2019)……。

「ダサい走りだけはしたくなかった」

画像1: 「ダサい走りだけはしたくなかった」

レース中盤の5周目、早くも川井は本田を捉え、一度はトップを走る場面も。しかしそこは本田が意地をみせ、再びトップを奪取。7周目には2番手の川井を6秒も引き離してみせた。

画像2: 「ダサい走りだけはしたくなかった」

「守りに入る気は全くありませんでした。ダサい走りだけはしたくなかったんです。スタートで前に出られちゃったけど、まだ15分ある、と自分に言い聞かせました。一回トップに立ったのですが、本田選手に抜き返されてしまい、一回6秒差もつけられてしまった時は、ダメかもと思ったけど、最後までやりきろうと思って走りました」と川井。

正直、ラスト3周の川井の走りは、鬼気迫るものがあった。本田のラップタイムを5秒近く上回るタイムを叩き出し、ラストラップなどは1:40.527を記録。(参考までにIBのヒート1で優勝した阿久根芳仁のベストラップが1:33.508。川井のマシンが排気量の劣るCRF150Rだということを考慮すれば、十分だろう)

画像3: 「ダサい走りだけはしたくなかった」

そして9周目、L1まで後一周というタイミングで、川井は本田を再びパス。そしてさらに加速。

画像4: 「ダサい走りだけはしたくなかった」

そのままトップをキープし、優勝。この瞬間、全戦優勝のパーフェクト・チェンピオンが誕生した。

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